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第52話
エルは空腹を感じ、ティナが用意してくれたご飯を食べようとした。
けれど料理を目にした途端、胃がムカムカして顔をしかめる。
「エル様?」
「……なんだか、ここら辺が気持ち悪い」
胃のあたりをさするエルに、ティナは「もしかして」と思いながら果実水を差し出した。
香の副作用だろうか。少しつらそうな様子に、胸が痛む。
水を一口飲んだエルは、ムムッと唇を歪めた。
「無理に召し上がらなくても大丈夫ですよ」
「うん……」
「フルーツはいかがですか?」
エルが少し渋る様子を見せると、ティナは心配しながらも、安心させるように穏やかに笑った。
「またお腹が空いたら教えてください。すぐにご用意しますからね」
「……ごめんね」
「謝らないでくださいな」
その柔らかい笑顔にホッとしたエルは、いじいじと手を弄びながら、ティナをちらりと見上げる。
なぜだか落ち着かない。そわそわして、今すぐにでもアザールの家に帰りたかった。
「ティナ……」
「はい」
「……僕、いつ帰れる……?」
「……」
不安げに揺れる瞳。
ティナも、彼を早く帰してあげたいと思っていたが、自分の判断ではどうにもならない。
「……王子殿下に、お尋ねしてみましょうか」
「……いいの?」
「ええ、もちろんでございます。体調がよくなったら、一緒に殿下のもとへ参りましょう」
「うん!」
何も知らない彼にティナができることといえば、少しでも傷つかないように、曇る心が晴れるよう願うことだけだった。
◇
エルの体調が戻り、二人は王子レオンの元を訪れた。
彼にも仕事はあるのだが、エルのことが気がかりで、手を止めて彼に向き合う。
「エル、どうしました?」
「あ……あの、僕、いつ、おうちに帰れ……ますか?」
「ぁ……」
レオンは目を伏せるティナを見て、なるほど、と小さく息を吐いた。
「エル、将軍が迎えに来てくれます。今しばらくお待ちください」
「……アザールが迎えに来るのは、いつ……?」
「それは……」
遠征に出ている彼が帰ってくるのは、事態が収束したあと。
それがいつになるかは、誰にも分からない。
「──アザール将軍のことです。きっと、そんなに時間はかかりませんよ」
「……本当、ですか……?」
「ええ。もしかすると、明日にでも迎えに来られるかも!」
「……だと、いいなぁ」
レオンもティナも優しい。
けれど、エルが心からそばにいて欲しいと願うのは、アザールだった。
孤独だったエルに、彼は手を差し伸べてくれた。
初めこそ少し怖かったが、今では誰よりも優しい存在。
この心に抱えている感情が何かを教えてくれた。
言葉も、温かいご飯も、安心して眠る場所も、全て与えてくれた──愛おしい人。
「さて、今日は何をして過ごしますか?」
「あ……ぁ、そうだ! あの……東の塔を、また見に行きたくて」
「ステンドグラスですか? いいですね。では私もご一緒してもよろしいですか?」
「うん」
レオンに手を取られ、ティナも共に三人で廊下に出る。
ティナが少し難しい顔をしていることに気づいたレオンは、後でその理由を聞こうと思いながら、塔の見える方へと歩を進めた。
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