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第56話

 軍の皆が待つという中庭には、冬であるのに汗をかき、鎧に土の跡が残った獣人たちが、石の縁に腰を下ろし、投げやりな姿勢で空を仰いでいた。  一見気だるげだが、その視線は時折屋敷を見上げ、ただの休息ではないことが伝わってくる。  しかし、どこからどう見ても、急ぎ帰ってきたのが一目でわかった。 「……お前たち」  そんな中を、灰色の髪をかきあげながら、ぶっきらぼうな笑みを浮かべて現れた獣人。  獣王軍の副将、カイランだ。  堂々と両腕を組み、まるで『やってやったぞ』と言わんばかりの顔で佇んでいる。 「よォ、帰ってきたぜ、将軍様。ひとりで帰るバカがどこにいる。お前の番があんな目に遭ったってのに、放っておけるかって話よ」  肩をすくめながら近づくカイランに、アザールは深く息をついて、苦笑すら浮かべる。 「……兵を引き連れて来た上に、国中に噂まで流したと聞いたが」 「おう、ついでにな。『王が将軍の番を攫った』って、ちょっと言いふらしてきた。……ま、事実だし?」  悪びれもせず笑うその顔に、アザールは呆れながらも、少しだけ目を細めた。  するとその後ろから、体格のいい獣人たちがぞろぞろと集まってくる。  みんな、どこか疲れた様子なのに、目だけはきらきらしていた。 「将軍……エルは、大丈夫なのか?」 「王に、酷いことされてないか?」 「ちゃんと休めてるのか? 無理……させてないよな?」  イカつい顔ぶれが、口々にそう尋ねるその様子に、アザールは一瞬、言葉を失いかけた。  誰も彼もが、遠征の間にエルのことを気にかけていたと分かるその声色に、アザールの胸がじんと熱くなる。 「お前たち……」  口々に交わされる言葉。そのどれもが、エルという存在を心配していた。 「エルは……無事だ。少し熱を出しているが、きっと、すぐに回復するだろう」  そう言えば、皆がホッとしたように肩を撫で下ろした。   「俺たちは暫くここにいる。王が何をしでかすかわからん。落ち着くまで、警護しよう」 「……だが、お前たちまで罪を問われかねない」 「何を言ってる。俺たちは獣王軍。そしてあんたは将軍だ。将軍のもとに軍がいるのは普通だろう」  カイランが口角を上げる。  同じように皆が笑って、アザールはフッと力の抜けた笑みを漏らした。 「休めるよう、すぐに食事と湯の準備をしよう。必要なものがあれば、近くの者に声を掛けてくれ。──カイラン」 「あ?」  ぶっきらぼうで、口の悪い男だ。  それでも。 「助かった。ありがとう」 「! あ、ああ。」  照れたように視線を逸らす。  頼りになる副将だ。自分の右腕が、カイランでよかったと、この時改めて思い知らされた。

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