56 / 100
第56話
軍の皆が待つという中庭には、冬であるのに汗をかき、鎧に土の跡が残った獣人たちが、石の縁に腰を下ろし、投げやりな姿勢で空を仰いでいた。
一見気だるげだが、その視線は時折屋敷を見上げ、ただの休息ではないことが伝わってくる。
しかし、どこからどう見ても、急ぎ帰ってきたのが一目でわかった。
「……お前たち」
そんな中を、灰色の髪をかきあげながら、ぶっきらぼうな笑みを浮かべて現れた獣人。
獣王軍の副将、カイランだ。
堂々と両腕を組み、まるで『やってやったぞ』と言わんばかりの顔で佇んでいる。
「よォ、帰ってきたぜ、将軍様。ひとりで帰るバカがどこにいる。お前の番があんな目に遭ったってのに、放っておけるかって話よ」
肩をすくめながら近づくカイランに、アザールは深く息をついて、苦笑すら浮かべる。
「……兵を引き連れて来た上に、国中に噂まで流したと聞いたが」
「おう、ついでにな。『王が将軍の番を攫った』って、ちょっと言いふらしてきた。……ま、事実だし?」
悪びれもせず笑うその顔に、アザールは呆れながらも、少しだけ目を細めた。
するとその後ろから、体格のいい獣人たちがぞろぞろと集まってくる。
みんな、どこか疲れた様子なのに、目だけはきらきらしていた。
「将軍……エルは、大丈夫なのか?」
「王に、酷いことされてないか?」
「ちゃんと休めてるのか? 無理……させてないよな?」
イカつい顔ぶれが、口々にそう尋ねるその様子に、アザールは一瞬、言葉を失いかけた。
誰も彼もが、遠征の間にエルのことを気にかけていたと分かるその声色に、アザールの胸がじんと熱くなる。
「お前たち……」
口々に交わされる言葉。そのどれもが、エルという存在を心配していた。
「エルは……無事だ。少し熱を出しているが、きっと、すぐに回復するだろう」
そう言えば、皆がホッとしたように肩を撫で下ろした。
「俺たちは暫くここにいる。王が何をしでかすかわからん。落ち着くまで、警護しよう」
「……だが、お前たちまで罪を問われかねない」
「何を言ってる。俺たちは獣王軍。そしてあんたは将軍だ。将軍のもとに軍がいるのは普通だろう」
カイランが口角を上げる。
同じように皆が笑って、アザールはフッと力の抜けた笑みを漏らした。
「休めるよう、すぐに食事と湯の準備をしよう。必要なものがあれば、近くの者に声を掛けてくれ。──カイラン」
「あ?」
ぶっきらぼうで、口の悪い男だ。
それでも。
「助かった。ありがとう」
「! あ、ああ。」
照れたように視線を逸らす。
頼りになる副将だ。自分の右腕が、カイランでよかったと、この時改めて思い知らされた。
ともだちにシェアしよう!

