59 / 100
第59話
物音で目が覚めたエルは、傍に控えていたシュエットを見てホッとした。
どうやら、おかしな夢では無いらしい。
あの城から帰ってきたことも、ここがアザールの屋敷であることも。
「シュエット……」
「! エル様、お目覚めですか! アザール様はすぐにお戻りになります。今は来客中でして──」
アザールがいない。
それを聞いた途端、言いようのない不安が襲ってきて、カタカタと勝手に体が震えてしまう。
また、お城へ連れていかれる……?
王様に、無理矢理──
「エル様、どうなさいましたか。エル様!」
「ぁ、あ……こ、こわい、アザール……っ」
「っ、誰か! すぐにアザール様を呼んで!」
シュエットの呼び声を聞いてすぐに、足音が駆けてくる。
開いた扉。その先にいたのはアザールと──ティナだった。
「エル!」
「エル様!」
その声に、エルははっと目を見開く。
だが、すぐには動けなかった。アザールだけではない。どうしてティナがいるのだろう。
決して彼女を嫌っている訳ではない。
けれど──あの時、自分はひとりだった。怖くて、誰かに助けてほしくて。
ティナはその戸惑いに気づいたのか、すぐに跪き、頭を深く下げた。
「……エル様、本当に、申し訳ありませんでした。あの時、私は……」
エルの唇がわずかに震えた。
「……ティナ……」
「私は、あなたをお守りすると……それなのに……」
涙を堪えながら語るティナに、エルは戸惑って、そして柔く微笑んだ。
「……ティナ、泣かないで。何も、なかったよ。大丈夫」
無理に笑おうとした唇は、かすかに震えている。
強がったエルのその一言で、ティナの頬に涙がつーっとこぼれた。
「っ……エル様……」
ティナに手を伸ばせば、その手をそっと握られる。
ふるえる体に気がついたティナが、そっと背をさすってくれた。
その静かな再会の場面を、アザールは、黙って見守っていた。
「ぁ……アザール」
「ああ。どうした」
エルに名前を呼ばれ、ゆっくりと近づく。
「ど、どこにも、行かないって、言った……」
「! すまない。だがエルを守ろうとしてくれた人たちを迎えたかったんだ」
「……人たち……? ティナと……?」
「ああ。レオン王子殿下もいらっしゃる」
「レオン!」
アザールはギョッと目を見張った。
「……王子殿下を、呼び捨てにしては……」
「……? レオンも、エルって呼ぶよ? 友達だって言ってた」
「……そ、そうか」
アザールはティナのほうを見たが、彼女は穏やかに微笑むばかりだった。
本当なのか。本当に、王族と友達に?
「エル、皆の前では、呼び捨てにしてはいけないよ。きちんと王子殿下とお呼びせねば」
「レオン王子?」
「ああ。もしくは殿下、と」
「……むずかしいね」
むっと唇をゆがめたエルについ笑ってしまう。
「王子殿下をお待たせしている。エルが望むなら、殿下に会いに行こう」
「うん」
ティナに支えられベッドから降りたエルは、アザールの後をついて応接室に向かう。
体の熱さも、全部取れていて、しんどさは無い。
しかし、エルはハッと思い出して足を止めた。
「エル?」
「……アザール、大丈夫……?」
「何がだ」
モジモジと手を擦り合わせるエルに、アザールは背中をかがめて目線を合わせる。
「王様に……一番、偉い人に、怒ったでしょう……? アザールは、怖いこと、されない……?」
「……」
すぐに『大丈夫だ』と答えてあげられたのならよかったのだが、こればかりはすぐに返事ができなかった。
カイランが噂を流してくれている。しかしそれがどこまで通用するのかも分からない。
「アザール……?」
「……きっと、なんとかなるさ」
曖昧な言葉で笑ってみせたが、エルの不安な表情は消えなかった。
ともだちにシェアしよう!

