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第59話

 物音で目が覚めたエルは、傍に控えていたシュエットを見てホッとした。  どうやら、おかしな夢では無いらしい。  あの城から帰ってきたことも、ここがアザールの屋敷であることも。   「シュエット……」 「! エル様、お目覚めですか! アザール様はすぐにお戻りになります。今は来客中でして──」  アザールがいない。  それを聞いた途端、言いようのない不安が襲ってきて、カタカタと勝手に体が震えてしまう。  また、お城へ連れていかれる……?  王様に、無理矢理── 「エル様、どうなさいましたか。エル様!」 「ぁ、あ……こ、こわい、アザール……っ」 「っ、誰か! すぐにアザール様を呼んで!」  シュエットの呼び声を聞いてすぐに、足音が駆けてくる。  開いた扉。その先にいたのはアザールと──ティナだった。 「エル!」 「エル様!」  その声に、エルははっと目を見開く。  だが、すぐには動けなかった。アザールだけではない。どうしてティナがいるのだろう。  決して彼女を嫌っている訳ではない。  けれど──あの時、自分はひとりだった。怖くて、誰かに助けてほしくて。  ティナはその戸惑いに気づいたのか、すぐに跪き、頭を深く下げた。 「……エル様、本当に、申し訳ありませんでした。あの時、私は……」  エルの唇がわずかに震えた。 「……ティナ……」 「私は、あなたをお守りすると……それなのに……」  涙を堪えながら語るティナに、エルは戸惑って、そして柔く微笑んだ。 「……ティナ、泣かないで。何も、なかったよ。大丈夫」  無理に笑おうとした唇は、かすかに震えている。  強がったエルのその一言で、ティナの頬に涙がつーっとこぼれた。 「っ……エル様……」  ティナに手を伸ばせば、その手をそっと握られる。  ふるえる体に気がついたティナが、そっと背をさすってくれた。  その静かな再会の場面を、アザールは、黙って見守っていた。   「ぁ……アザール」 「ああ。どうした」  エルに名前を呼ばれ、ゆっくりと近づく。 「ど、どこにも、行かないって、言った……」 「! すまない。だがエルを守ろうとしてくれた人たちを迎えたかったんだ」 「……人たち……? ティナと……?」 「ああ。レオン王子殿下もいらっしゃる」 「レオン!」  アザールはギョッと目を見張った。 「……王子殿下を、呼び捨てにしては……」 「……? レオンも、エルって呼ぶよ? 友達だって言ってた」 「……そ、そうか」  アザールはティナのほうを見たが、彼女は穏やかに微笑むばかりだった。  本当なのか。本当に、王族と友達に? 「エル、皆の前では、呼び捨てにしてはいけないよ。きちんと王子殿下とお呼びせねば」 「レオン王子?」 「ああ。もしくは殿下、と」 「……むずかしいね」  むっと唇をゆがめたエルについ笑ってしまう。 「王子殿下をお待たせしている。エルが望むなら、殿下に会いに行こう」 「うん」  ティナに支えられベッドから降りたエルは、アザールの後をついて応接室に向かう。  体の熱さも、全部取れていて、しんどさは無い。  しかし、エルはハッと思い出して足を止めた。 「エル?」 「……アザール、大丈夫……?」 「何がだ」  モジモジと手を擦り合わせるエルに、アザールは背中をかがめて目線を合わせる。 「王様に……一番、偉い人に、怒ったでしょう……? アザールは、怖いこと、されない……?」 「……」  すぐに『大丈夫だ』と答えてあげられたのならよかったのだが、こればかりはすぐに返事ができなかった。  カイランが噂を流してくれている。しかしそれがどこまで通用するのかも分からない。 「アザール……?」 「……きっと、なんとかなるさ」  曖昧な言葉で笑ってみせたが、エルの不安な表情は消えなかった。

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