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第66話

◇  一方その頃。  アザールは獣王軍の訓練所で、カイランと二人並び、兵士たちの訓練をする姿を眺めていた。 「最近のエルは言葉も達者で、自分の気持ちを素直に伝えてくるんだ。可愛いぞ」 「……俺、最近どうだとか、そんな質問したっけか?」 「? いいや」 「よかった。知らない間に俺の口が勝手に話していたのかと思った」  アザールは少し不思議そうな顔をしながら、カイランに対しひとつ頷く。 「ラビスリは見つかったのか?」 「いや……」  カイランは小さく息を吐くと「まずはそっちだろ」と苦笑する。 「先の一件で王も王子もラビスリを見放したとハッキリ言ったんだ。自ら王に密告したと言うし、あいつに頼れる奴がいるとは思えん」 「ああ。だから密かに殿下と探しているが……、どこに姿を晦ましたのやら」  アザールと王子レオンは手を組み、密かに動いていた。  しかし、どういうわけかなかなか見つからないでいる。 「国を出たか……いや、しかし、この国以上に獣人が過ごしやすい国があるか……? 国の中心から離れるほど、差別もあるだろうしな」 「だが近くでは見当たらない。……上手く躱されてるのかもしれんが……。これ以上何もする気がないのなら、それはそれでいいと思っている」 「そうか」  ふいに吹いた風が、訓練場に舞い散る砂埃を巻き上げた。  アザールはふと、遠くで訓練を終えた兵士たちが集まり笑っているのを見る。 「もうすぐで昼飯の時間だな」  カイランの声に「そうだな」と頷いたアザールは、訓練所を出ようと踵を返した。 「帰るのか?」 「いいや、もう少し仕事をする。しばらくは作戦室にいるから、何かあれば報告を」 「承知した」  作戦室に入ったアザールは、椅子に深く座るとぼんやり宙を見て息を吐いた。  最近は考えることが多くある。  仕事は少し落ち着いているのだが、エルのことを中心にアザールの心が忙しないのだ。  エルとはもう何度か情事を重ねている。  それは文様がエルの体に与える影響のせいなのだが、回数を重ねることに、心の奥底で『もっと暴きたい』という叫びが大きくなっているのだ。  もっと深くまで、ずっと離れないように。  そう叫んではいるが、無理をしては人間のエルが辛い思いをするので普段から我慢をしている。    初めて体を繋げた時は、番になる為に中に出した熱。  しかし今は勝手に子を望むようはマネをしてはいけないと、中に出すことはせず、出来る限り傍にいて自身の匂いをエルにつけなければならない。  まるで訓練だ。  愛しい人が、愛しい番が、腕の中にいるのに、我慢しなければならない。 「……俺は、将軍。俺は将軍……」  であるから、我慢できる。  ──しかし、エルが子を望まなかったら……?    求められるのに、全てをさらけ出すことは出来ない。  この葛藤を死ぬまで抱えて生きていくことになる。 「……エルのため。エルを傷つけないためだ……」  血の涙が溢れそうだが、まだ大丈夫。  けれどもし。もしもエルが子を望んでくれたのなら。    アザールはそんな心の葛藤に、ここ最近毎日悩まされては答えを出すこともできず、誰にも打ち明けることなく、しかし『なんでもない顔』を繕っているのだった。

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