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第67話
◇
「アザール、僕ね、『妊娠』と『子供』について知りたいの」
「……な、んだって?」
帰宅してすぐ、外套を脱ごうとしていたアザールに抱きついたエルは、真っ直ぐにそう言った。
驚いてアザールは目を見開き、手が止まる。
「文様のことも、ちゃんと知りたいの。皆に『妊娠』や『子供』のことを聞いたけど、文様があるから……」
そう言って、エルは少しうつむく。
「それに……僕、男だし。やっぱり、みんなとは違うのかなって」
モジモジと指先をいじるエルの様子に、アザールは眉を八の字にして、そっとため息をついた。
「文様についての文献ならある。あとで見せよう」
「ほんと……? ありがとう!」
「ああ。……さあ、まずは外套を脱がせてくれ。落ち着かない」
「あっ、ごめんね……」
エルはアザールから離れると、少し寂しそうな顔をした。
シュエットが言った通りにはならなかった。
もう少し、嬉しそうにしてくれるかと思ったのに。
「どうかしたか」
「ううん」
外套を脱いだ彼が、手を伸ばしてくる。
そっとその手を取ると、一緒に向かうのは彼の執務室だ。
「エルの文様についての文献は……ああ、確か、これだ」
その執務室の奥にある部屋にはたくさんの古書が置いてあった。
渡された分厚い本のとあるページには、絵とともにミミズの這ったような文字が書かれてある。
「あの……アザール」
「うん?」
「これ、読める……?」
エルは初めて見る文字に困惑して、苦く笑った。
「ああ、そうだった……。これは今の一つ一つ区切られた文字ではなくて、繋がってるから、読みにくいんだ」
「……?」
「俺は小さな頃からこういう古書が好きで、ずっと読んでいたから読める。──もしもこれが知りたいなら、また今度教えてやれるが……、まあどの道今は俺が読もう」
アザールが本を開き、指でなぞるようにして読み始めた。
エルはその隣にちょこんと座り、真剣な顔で彼の横顔を見つめる。
「……エルの背にある文様は、命を紡ぐ器として選ばれし者に現れると書かれている。背に光を宿す文が現れしとき、その者は神より授かりし祝福を抱く……と」
その説明を聞いたエルは、コテンと首を傾げた。
独特な言い回し。結局のところ、何を言いたいのかがサッパリだ。
「神より授かりし祝福って……?」
「……きっと子のことだろうな」
「背に光を宿す文って、体が熱くなる時のこと……? アザールが、白く光ってるって、言うの」
「おそらくは。それに……前にも話しただろう、文様が完全に浮かび上がる頃には、身体が熱を持ち、欲に敏感になり、本能が繋がりを求め始めるって」
「……ぁ、」
全てが繋がっていく。
この文献が本当ならば、エルの体はもう子供を成すには十分に成長したということだ。
「ぁ、アザール」
「ああ」
「……僕、もう、子供……できる体になったってこと……?」
「そうだな」
「っ、でも、子供はどうやって……?」
子供の作り方がわからない。
不安に胸元をぎゅっと握る。
「文献によれば、いつもしていることと同じだ。……しかし、まあ、子供を作るには精を中に出さなければならないんだがな」
「っ!?」
意味を理解したエルは気まずそうに視線を逸らし、そして再びチラッとアザールを見る。
「は、初めての……番になった時、中に出した、けど……できなかったよ……?」
「……これは定かではないが、あのときは、まだ器として準備の途中だったのかもしれないな」
「……準備?」
不安そうに問いかけたその声に、アザールは小さく頷いた。
そうして小さく息を吐いてから、ぽつりと口を開いた。
「文献にはまだ続きがある。──ここだ。文様が完全に顕れる前、器はまだ未成熟とされる──と。きっと、祝福というのは、身体の準備だけじゃ足りなくて、何かこう……心とか、魂とか、もっと深い部分が揃ったときにしか宿らないのかもしれない」
彼は眉間に軽く皺を寄せ、苦笑した。
「子を成すというのは、ただ身体を重ねればいいという訳ではないようだ。どんなに祈っても受け皿は満ちなければ授かれないのかもしれない」
「じゃあ……今なら……」
「俺たちは番となった。深いところで繋がっている。だからきっと、可能性はあるだろう。──ただし、必ずという訳ではないし、なにより……それをエルが本当に望んでいるのかが重要だが」
静かにそう言ったアザールに、エルは胸に手を置いて、ゆっくりと頷いた。
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