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第71話

 柔らかい光が部屋に差し込む。  エルはぼんやりと目を開けると、すぐ傍で自分を眺めているアザールに気がついた。  おはようの意味を込めて微笑み、彼に擦り寄る。背中に回った手が心地いい。 「体は痛くないか……?」 「……ん」  トクトクと聞こえてくる心音が眠気を誘って、目を開けていられない。   「エル、朝食はどうする。ここで食べるか?」 「……まだ、たべない……」 「食べない? お腹が空いてない?」 「ねむたいの……」  アザールの胸元に顔を埋めたまま、エルは小さく息を吐いた。彼の匂いとぬくもりに包まれて、心がとろけそうになる。  「……あったかい……」  そう呟いた声は、か細くて、アザールにしか聞こえない。だが、それで十分だった。彼は微笑み、エルの髪に口づける。 「そうだな。しばらく、こうしていよう」  エルはこくりと頷き、腕をぎゅっと彼の背に回した。アザールが抱きしめ返してくれるたび、心がほぐれていく。 「アザール」 「ん?」  下半身に感じる怠さ。思い出すのは昨日の夜のこと。  そっとお腹を撫でる。アザールが小さく身動ぎした。 「子供、きてくれたら、いいね」 「そうだな」  そっと額にキスをされ、エルはふふっと微笑む。  優しい朝。二人はそうして穏やかな時間を過ごしていたのだった。 ◇  あれから暫くして、アザールは支度を整えると仕事に行ってしまった。  エルはというと、食堂で遅めの食事をとっていた。  文献は好きに読んでいいと言われたので、このあとで見てみようと思っていたのだが。 「……リチャードも、レイヴンも、なんで……そんな顔をしてるの……?」  ふと、視界に映った二人の警護係の顔がいつもと違い、どこか気まずそうで思わず声をかけた。 「あ、いや……」 「お気になさらず……」  様子がおかしい。首を傾げるけれど、彼らは教えてくれない。 「あのね、アザールはいつも、お城まで行ってるの?」 「お城……というより、訓練場ですね」 「獣王軍の訓練場は城の近くにあって、そちらで勤務されてるんですよ」 「アザール様は将軍ですから遠征や戦が無くても書類仕事をしたりしているみたいです」 「兵士の強化といったお仕事もあるんですよ」  交互に答えた二人。  エルは二人の話を聞いて、目を輝かせた。 「アザールのお仕事してる姿、見てみたいねえ」 「……おい、レイヴン、それはいいのか」 「俺に判断できるわけがないだろう」  あんなことがあったから、お城に行きたいとは思わないけれど、お城とは違う訓練場なら、アザールの仕事中の姿を見に行ってみたい。 「アザール、ダメって言うかな」 「……お、俺達には、わかりかねますが……一度連絡をしてみますか? 侍従長に言って……」 「いいの……?」  キラキラしたエルの目に、リチャードが一歩後ろに引く。  レイヴンと目が合い、ふたりして観念したように小さく頷いた。  レイヴンは静かに食堂を出ると、シュエットを探しに行き、見つけた先でエルの望みを伝える。  すると彼は案外簡単に「連絡してみますね」と言って、しばらくすると「いいそうですよ」と何でもないふうに笑った。 「え、良かったんですか」 「貴方とリチャードも、もちろん一緒に。エル様を一人にするのは、絶対に駄目ですよ」 「わかりました」  レイヴンは少し困惑していたが、それを聞いたエルは嬉しそうだ。  シュエットに出かける支度をしてもらい、玄関に立つ。  乗り込んだ馬車が静かに動き出す。  窓の外を眺めながら、エルは胸の奥が少しだけ高鳴るのを感じていた。  アザールは、どんな顔しているのかな……。  そんなことを思いながら、屋敷を後にした。

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