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第79話
◇
翌朝。
まだ陽が高く昇る前、アザールの屋敷の前に、まさかの大名行列が現れた。
金糸の入った馬車と、荷馬車に積まれた布包み、続く護衛騎士たちの列。
屋敷の門番を任されていた者は目を白黒させ、急ぎシュエットへ知らせるために、慌てて屋敷へと走って戻った。
「アザール様! 王子殿下がいらっしゃいました」
「お越しになられたのか……?」
「はい! それが、大量のお荷物も一緒で……!」
シュエットは知らせを聞き、直ぐにアザールに報告した。
アザールは小さく目を見張ったあと、ため息をつきながらも、どこか嬉しそうに微笑む。
そうして玄関まで迎えに上がった時、先頭の馬車から飛び出してきたのは、黄金の装飾を揺らすレオン王子だった。
その後ろには、ふんわりと笑うティナがある。
「アザール殿! この度は、おめでとうございます! エルはどちらに!?」
「ふふ、落ち着いてください、レオン様」
「あ……失礼しました。アザール殿とエルに子ができたと聞いて、居てもたってもいられず……」
ティナに宥められ、恥ずかしそうに俯いた王子は、しかし嬉々とした表情でアザールを見つめた。
「エルに、会いたいのですが……」
「もちろんです。こちらへ」
エルはベッドで休んでいるところだった。
目は覚めているのだが、やはり体が重だるくて中々動けないでいたのだ。
アザールは応接室に王子とティナを案内した後、エルの休んでいる寝室に行き、二人が来たことを伝える。
途端、エルはパァっと表情を明るくして、ベッドから降りた。
「顔、洗わなきゃ」
「湯を持って来させよう」
アザールはすぐに侍従に指示を出し、エルの支度を整える。
そうしてレオンたちの待つ応接室に行くと、待っていたレオンは『ビッ!』と尻尾を真っ直ぐ伸ばし、いきなりエルに駆け寄った。
そうしてエルをふわっと抱きしめる。
「おめでとう、エル! 報せを聞いて、飛んできました!」
「ぁ、ありがとう」
あのいつも冷静で優しいレオンが、興奮して顔を少し赤くしている。
尻尾がブンブンと揺れていて、そんな彼の姿を初めて見たエルは、嬉しさに思わずふふっと笑ったのだった。
「こちらは、エルの為に用意した祝いの品です! 特製の安産お守りです。あと……これは王族の眠気対策茶葉でして、えっと……これは、赤子の為の洋服です!」
「ぇ、え!?」
ふんぬ! と効果音が着きそうなほど勢いがいいレオンは、持ってきた包みを開けるとテーブルに置いて紹介していく。
「これ全部、僕に……?」
「はい! でもこれは急ぎ用意させたもので、また後ほど贈らせてもらいます!」
アザールは眉をぴくりと動かしつつも、エルが困惑しながら笑う姿を見て、ふっと目を細めた。
◇
レオンが落ち着いた(というか、ティナがなだめてくれた)頃合いを見計らい、アザールは本題を切り出した。
「王子殿下……一つ、お願いがあります」
「はい、なんでしょうか」
真剣な声色なアザールに、レオンはすぐ意識を切りかえて王子の顔を見せる。
「異種族間の妊娠、そして文様に関する医術に長けた医師を──紹介していただきたい。私もエルも、初めてのことで、どうすればいいのか正直あまりわかっておらず……」
「なるほど。それでしたら……たしか、王族の医療研究班に、昔から文様や考古学について研究をしてきた名医がいます。その者を紹介いたしましょう」
レオンの言葉に、アザールは深く頭を下げた。
「ありがとうございます。……エル、お前とお腹の子のことを、きちんと診てもらおう」
「……うん。ありがとう、アザール。レオン」
エルはそっと手を握り返し、少し不安そうな顔をしながらも微笑んだ。
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