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第81話
◇
アザールの屋敷には、連日祝いの贈り物が届くようになっていた。
王子からの豪華な祝い物、獣王軍の兵士たちからは育児用の装備一式。
中でも驚いたのは、かつてアザールが遠征し、人間の反感が根強かったあの村からの贈り物だった。
「……この文……あの村の、長の名前……」
アザールは封を切った手紙をじっと見つめた。
エルが心配そうに覗き込むと、そこにはこう書かれていた。
『ご懐妊、心よりお祝い申し上げます。』
添えられていたのは、村の特産である果実酒。
エルは目を潤ませて、ふっと微笑んだ。
「……すごいね、アザール……。みんな、やさしいね」
実の所、国中にアザールとエルについてのことが広まっていた。
それは先の一件のことがあったからだ。
王がエルを攫ったあの件である。
獣王軍将軍とその番との間に子供が出来たらしい、と話題になっているのだ。
人間と獣人が番となり子をなすのは珍しい。それも地位のある獣人であるから、余計に。
アザールは静かにエルの頭を撫でる。
全てが、少しずつ、変わっていくような気がしていた。
──けれど。
平穏な日々は、そう長くは続かなかった。
ある日の午後。
アザールは執務室にこもり、エルは同じ部屋のソファーでレオンから貰った温かいハーブティーを啜っていた。
その時、門番が慌てた様子で駆け込んできた。
その様子にアザールは怪訝な顔をする。
「し、失礼いたします! エル様のご両親と名乗る方々が……」
「……え……?」
エルの手にしていたカップが、かすかに揺れた。
応接間に通されたのは、埃っぽい外套を着た中年の男女。
男は痩せこけ、女は色褪せたスカーフをかぶっている。
エルはもはやボヤけた両親の顔しか思い出せず、彼らが本当に自分の親であるのかの確信が持てないでいる。
アザールの背に隠れ、顔をじっと見るけれど、わからない。
それほどまでの長い間、エルは独りで生きていたし、両親はエルを愛さなかった。
「やあ、久しぶりだな。エル……」
「立派になったもんだねぇ、うちの子も……」
その声に、エルの背中がぞわりとした。
なんだか心臓をねっとりと舐められたような、嫌な感覚。
ギュッとアザールの服を強く握る。
「本当にエルのご両親だろうか」
アザールも正体の分からない不穏さに気がついたのか、訝しげにそう質問した。
「ええ、ええ。私たちはエルの父と母です」
「我が子が将軍様の子を孕んだと聞いて、やって来たんです!」
貼り付けられたような笑顔。
アザールの表情は晴れることはおろか、より疑わしそうに表情を落としていく。
「しかし、どうか、お願いです……! 雨風を凌げる場所で、ゆっくり眠りたい……」
「もう何日も、食べていないんです……」
エルは思わず胸を痛めた。
村で過ごしていた間のことを思い出す。
寂しくて、寒くて、慣れていたから平気になったとはいえ、まともな食事もとることが出来なかった。
「ぁ、アザール……」
「……どうした」
クイクイっとアザールの服を引っ張る。
エルは目の前にいる両親らしき彼らが、ただ哀れに思えてしまい──。
「……アザール。ぼく……あの人たちに、寒い外で眠れって言えなくて……少しだけ、だめかな……?」
これで彼が駄目だと言えば、それに従おう。
エルはそう思ってアザールの顔をちらっと見上げる。
すると彼は深く息を吐き、「わかった」と一言呟いた。
「……三日だけだ。エルの願いだから聞こう。だが、部屋は屋敷の端にする。もちろん、警備隊にも警戒させる」
「! 本当……?」
「ああ。──聞いていたでしょう。三日間だけ、滞在を許します」
エルの両親に顔を向けたアザールは、淡々とそういうとシュエットを呼び、彼らを部屋に案内させた。
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