87 / 100

第87話

 シュエットは皆に主の無事を知らせる前に、リチャードが休む部屋を訪れた。  そこには、レイヴンの姿もあった。  彼は静かに眠るリチャードを心配そうに見つめながら、どこか後悔を滲ませた表情を浮かべている。 「レイヴン。アザール様がお目覚めになりましたよ」  そう告げると、レイヴンは小さく息を吸い、力なく微笑んだ。 「……そうですか。それは、よかった」  主は助かった。だが、目の前の友は、まだ目を覚まさない。  リチャードの胸が上下し、規則正しい呼吸をしていることは確認できる。  けれど、それだけでは足りなかった。目を開けてくれるまで、不安でたまらない。  リチャードもレイヴンも、最近ではもっぱらエルの警護を任されていた。  だが有事の際は、矢面に立って主を守る、立派な兵士である。  その覚悟は、兵士になった日から常に胸にあった。  それでも──こうして、いつも隣にいた親友が倒れてしまった現実は、重く、苦しい。 「貴方も少し休みなさい」  シュエットが優しく言うと、レイヴンは首を横に振った。 「……リチャードが起きた時、アザール様やエル様はって、きっと心配すると思うんです。……だから傍に居てやらないと」 「それでも、食事はとりなさい。貴方は兵士でしょう。しっかり務めを果たしなさい」 「……すみません」  その口調は厳しかったが、レイヴンにはシュエットの気遣いがしっかりと伝わっていた。  やらねばならないことは山積みだ。  アザールの無事に胸を撫で下ろしたからといって、全てが元に戻るわけではない。 「ここに料理を運ばせましょう。それを食べたら、働きなさい」 「……はい」 「リチャードが動けないんですから、親友の貴方が、彼の分まで働くのですよ」  シュエットの冗談めいた言葉に、レイヴンがふっと笑みを漏らす。 「それは……大変だ。……リチャード、頼むから早く起きてくれよ」  そう言って、眠る親友の手をそっと握る。  シュエットはその様子を見届けると、静かに微笑んで部屋を出た。  そして廊下で出会った侍従に、レイヴンのもとへ温かい食事を運ぶよう指示するのだった。

ともだちにシェアしよう!