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第89話
エルの体調がようやく落ち着いたのを見て、アザールは彼を彼の部屋へと連れていった。
馴染みのある空間のほうが、心を落ち着けられるだろうと考えてのことだった。
柔らかな毛布に包まれてベッドに腰を下ろしたエルの隣に、アザールは椅子を引き寄せて腰掛ける。
その手を静かに握り合いながら、二人は言葉少なに穏やかな時を過ごしていた。
──こうして、ただ隣にいられるだけでよかった。
守ると誓ったものを危うく失いかけたその夜が、アザールの胸に深く焼き付いている。
エルの髪を優しく撫でていると、扉の向こうから控えめなノック音が響き、シュエットの声が届いた。
「アザール様。レオン王子がお見えです」
アザールとエルは視線を交わす。
「連絡を受けて、すぐにお越しくださったようです」
「……すぐ行こう。エル、一緒に行けそうか?」
「うん。一緒に行きたい」
エルはそっと立ち上がり、アザールの腕に支えられながら部屋を後にした。
◇
応接室には、すでにレオン王子が待っていた。
アザールとエルの姿を認めると、立ち上がり、安堵したように微笑む。
「無事な顔が見られてよかった。エルも……無理はしていないかい?」
「うん。大丈夫だよ」
「お越しいただいて、ありがとうございます。本来はこちらから伺うつもりだったのですが……」
アザールの言葉に、レオンは小さく首を振った。
「落ち着かれてからと思っていましたが、来てくださると聞いて──とはいえ、怪我をされたことも存じていましたし、エルの不安も考えて、こちらから伺うべきだと判断しました」
その一言に、エルの胸がじんと温かくなる。
自分のことを想ってくれる気遣いが、何よりも嬉しかった。
「……ありがとう、レオン」
「いいえ──では、早速本題に入らせていただきます」
レオンの眼差しが真剣な色を帯びる。
「ラビスリ、そしてエルのご両親についてです」
エルはぎゅっとアザールの手を握る。
「不法侵入に殺人未遂──いずれも重大な罪であり、当然ながら厳正な処罰を下すべき案件です」
その口調は冷静だったが、王としての責任を果たそうとする覚悟が、ひしひしと伝わってくる。
「ただし……エル。ご両親に関しては、もし貴方が望むのであれば、情状酌量の余地があるかどうか、私の権限の範囲で検討することも可能です。だから、考えを、聞かせてほしい」
エルはしばらく視線を落として黙り込んだ。
だがやがて、小さく息を吸って、静かに顔を上げ、まっすぐにレオンを見つめ返した。
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