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第91話

 レオンはエルの言葉を静かに受け止めると、椅子から立ち上がった。 「また、こちらから連絡いたします」  そう短く告げて、控えていた従者とともに応接室を後にする。  その背中を見送りながら、アザールがふう、と息をついた。  ようやく、静けさが戻るかに思われたその時──  「失礼いたします」と、扉の外からシュエットの声が聞こえる。  アザールが応じると、扉がわずかに開き、彼が一歩だけ中へ入った。 「リチャードが目を覚ましました」  その一言に、エルの瞳がぱっと見開かれる。 「本当……?」 「すぐに行こう」  アザールが立ち上がると、エルもそれに続く。  彼の手を取りながら、廊下へと急いだ。  傷の痛みが身体を走るが、アザールは気にも留めず歩を進めた。 ◇  リチャードが静かに休む部屋では、レイヴンが椅子に座ったまま、黙って友の顔を見つめていた。  エルが小さく息を呑みながら近づく。 「リチャード……!」  その呼びかけに、ベッドの中で目を開けた男が、かすかに笑みを浮かべる。 「……エル様。アザール様も……ご無事で、何よりです……」  安堵を含んだ声に、エルの目に涙が滲んだ。 「無理しないで。……でも、目を覚ましてくれて、本当にありがとう」  アザールも、無言のまま小さく頷き、部屋を見回してから静かに言葉を落とす。 「リチャード。今は何よりも、体を休めろ」 「……はい。ご心配をおかけしました」  かすれた声でそう返した瞬間、隣にいたレイヴンが耐えきれず立ち上がり、リチャードの肩を抱きしめる。 「……よかった……! 本当によかった……!」 「ぐっ……っ、ちょ……レイヴン、やめろ……! 傷が……!」 「す、すまん……っ。でも……もう、本当に……!」 「……わかった。後でいくらでも抱きしめさせてやるから……今は勘弁してくれ……」  二人のやり取りに、エルが思わず口元を押さえて微笑む。  アザールも、わずかに目を細めて言葉をかけた。 「レイヴン、落ち着け。お前の気持ちは伝わっている。……今は、そばで見守ってやれ」 「……はい。申し訳ありません、アザール様」  頭を下げたレイヴンは、再びリチャードの枕元に戻った。  静かに、安堵の空気が部屋を包み込む。  ──だが、次の瞬間。 「……リチャード、ごめんね」  唐突にエルがそう呟いた。 「エル様……? どうして謝るんですか」  リチャードが戸惑ったように眉を寄せると、エルは彼の手をそっと取り、顔を伏せる。 「僕のせいで……」 「……」 「僕が、あの人たちを家に招いたから……それで、リチャードまで傷つけてしまった。……本当に、ごめんなさい」  先ほどアザールにも言われた言葉が脳裏をよぎるが、それでも自責の念は消えない。 「エル、さっきも言っただろう。お前が悪いわけじゃない」 「……うん」 「リチャードは、こうして生きてる」 「はい。俺は大丈夫です。だから、もう謝らないでください」  そう笑った彼の手を、エルはぎゅっと握る。 「……ありがとう」  声は小さく、それでもしっかりと届いたその言葉に、リチャードは静かに頷いた。

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