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第92話
ラビスリは王城の地下牢に投獄された。
不法侵入、殺人未遂──重大な罪だ。裁きはほぼ決まっている。
一方、エルの両親は村へと返されることになった。これはエル自身の意志だ。
罪に問うよりも、距離を置くほうが彼の心には必要だった。
――時が流れ。
アザールとリチャードの傷が癒えたころ、夏の強い日差しが城下を焼く。
情勢は落ち着き、獣王軍の遠征は随分と減った。任務は王城とその周辺でのものが主だ。
エルの体調は日ごとに揺れる。
昨日は笑っていても、今日は何も食べられない。
自分の体なのに思うように動かせず、ふっと涙がこぼれる日もあって、心が不安定で。
けれど、アザールは決して責めない。
ただ静かに寄り添い、できる限りの手を尽くしてくれている。
やがて季節は秋へ。涼やかな風が窓を抜ける。
エルのお腹は、誰の目にも妊娠していると分かるほどになった。
医師の診察で「順調に育っている」と告げられるたび、エルはほっと息をつき、笑みを浮かべる。
アザールはもう、すっかり父親の顔だ。
王都の職人にベビーベッドを頼み、柔らかな綿の衣を揃える。
ぬいぐるみも木の玩具も──なぜか二つずつ。
不思議に思ったエルがその理由を聞けば、ただ笑って誤魔化すだけなので、理由はわからないのだけれど。
時折、アザールはエルのお腹に耳を当てる。
尻尾が激しくブンブンと揺れ、風が起こりそうだし、取れるんじゃないかと初めの頃は少し不安だったくらいに喜んでくれている。
まあ、今ではエルはその尻尾に手を伸ばし、『捕獲チャレンジ』に勝手に挑んだりしているのだけれど、これがなかなか成功しない。
ある日。
書斎で本棚に手を伸ばすエルを、たまたまアザールが見つけた。
「……エル、なぜ一人でここに?」
「えっと……本を返そうと思った」
「言えば俺が返す」
「? 歩けるよ?」
「違う。俺がそうしたい」
呆れたように笑うエル。
アザールは真剣なまま、肩に手を添えてエルを部屋へ連れ戻す。
また別の日。
ベッドで横になるエルの足元に、ふわりと何かがかけられる。
「……あったかい」
「冷えるといけない。ブランケットは三枚ある。どれが好きだ?」
「どれも好き……ん? 三枚も?」
「用途によって使い分ける。医師の指示だ」
「……一枚で十分だよ」
「だめだ」
体調が優れない日は、見ているアザールのほうが苦しそうだ。
何もできないもどかしさに耐えきれず、医師のもとへ何度も足を運ぶ。
栄養のあるスープ。柔らかな寝具。呼吸を整える香草。
エルが「大丈夫」と言っても、アザールは次々と色々なものを準備した。
そうして穏やかで、少し賑やかな秋の日々が過ぎていき、出産予定日が段々と近づく。
その日を──アザールも、エルも、屋敷の皆も静かに待ちわびていた。
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