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第93話 ※

 妊娠中、エルの文様は白く浮かび上がることもなく、今も静かに、穏やかに鎮まっている。  夜。ふたりで湯船に浸かりながら、エルはアザールの胸にもたれ、ふうっと息を吐いた。 「熱くないか?」 「ううん。ちょうどいいよ」 「それならよかった」  お腹に回されたアザールの手が、ゆっくりと、優しく膨らみを撫でる。  その温もりに、エルはくすりと微笑んだ。 「もうすぐだね」 「ああ。どうか、無事に生まれてきてほしい」 「うん。でもね、この子、とっても元気だよ。お腹の中で、よく蹴るの」 「この間、少しつらそうにしていたな」 「だからね、『ちょっとだけ力を弱めてね』って、お願いしてるの」 「きいてくれるのか?」 「……たまに、かな?」  ふたりの間に、小さな笑いが生まれる。  静かな夜。あたたかな湯と、大切な人の温もりに包まれながら、未来を想う時間が、ゆっくりと流れていく。 「獣人と人間の子どもって、どんな見た目になるのかなぁ」 「どうだろうな。俺は、どんな子でも嬉しいが」 「僕も。でも……アザールみたいにピコピコ動く耳があったら、可愛いね」 「……可愛いか?」 「うん! アザールの耳もね、食べちゃいたい時があるよ」  アザールは「それは初耳だな」と笑うと、エルの耳に軽くカプッと噛みつく。 「んっ!」 「俺も、エルの耳は小さくて可愛らしくて、好きだ」 「もぉ……。あ、でも僕、尻尾も好き! アザールの尻尾、ふわふわで、嬉しい時は揺れてて、すごく可愛いんだよ」 「……あまり見ないでくれ……」  制御できない尻尾の動きを指摘されるのは、少し恥ずかしい。  そんなアザールの背に手を伸ばし、エルはそっと、柔らかな尻尾に触れた。 「っ……」 「アザールのこと、好きだよ」 「……俺も、エルが好きだ。愛してる」  エルが振り返ると、アザールの唇がそっと重なった。  甘くて、深くて、優しいキス。  その感触に、胸がきゅっと締めつけられるような、とろけるような幸福が広がった。 「はぁ……アザール……」 「ん。……はは、少し、熱くなったか」 「ぅ……」  アザールの手が、エルのそこに当たった。  キスで熱を持ってしまったそれを隠そうと、膝を立てれば、チュッと鼻先にキスをされる。 「触るぞ」 「んっ!」  緩く隆起したそれを優しく刺激される。  エルはくぐもった声を漏らしながら、与えられる気持ちよさを素直に受け入れる。 「は……アザール、だめ、もう出ちゃう……」 「じゃあ、こっちに」  湯船から上がり、アザールに抱きしめられながら続けて刺激され、エルはビクッと小さく震えて達した。  最後に掛け湯をして室内に戻り、ぼんやりしているエルの体をアザールが整えていく。 「エル、運ぶから、おいで」 「うん」  服を着せられ、アザールに抱きかかえられる。  肌に伝わる温もりが心地よくて、まぶたがとろりと重くなる。  そのまま寝室へと運ばれ、ふかふかの寝具の上にそっと降ろされると、アザールは優しく毛布をかけてくれた。 「おやすみ、エル」 「……アザールも、ちゃんと寝てね」  優しいキスを額に受けながら、エルはそっと目を閉じた。

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