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第95話

 医師が手早く赤子たちを抱き上げ、看護師たちが用意していた布で包んでいく。その手元から、泣き声が二重に重なって響いていた。 「……双子の男の子です。どちらも、五体満足で、元気ですよ」 「……エル……本当に、頑張ったな……」  ぐったりとした様子のエルが、わずかに目を開けてアザールを見つめた。  汗に濡れた前髪をアザールが指で払うと、エルはかすかに微笑んだ。 「……声……ふたりの声、ちゃんと聞こえた……」 「ああ、聞こえた。俺も、ちゃんと聞いたよ」  看護師が、くるんだ小さな命をアザールの腕にそっと抱かせる。  思わず息を飲んだ。  その手の中にあるのは、ほんのわずかな重さの、でも、確かに生きている温もりだった。  もう一人も、そっとエルの胸の上に寝かされる。  生まれたばかりの赤子は、エルの体温に触れて、泣き止んで静かに瞬きをした。 「……こんなに、小さいんだ……」  エルの呟きに、アザールは深く頷く。 「……でも、生きてる。……元気だ。俺たちの……子どもだ」  部屋に流れる空気が、緊迫から安堵へと切り替わる。  看護師たちがそっと退き、医師は最後にエルの額に布を当てながら言った。 「よく頑張ったねえ。エル様も、お子様も、安定しているから、このまま静かに休ませてあげてね。……アザール様も、少し肩の力を抜きなさい」  医師たちが出て行き、部屋に残されたのは、アザールとエル、そしてふたりの新しい命。  エルの指が、胸の上の小さな赤子にそっと触れる。 「……この子たち、どっちが兄で、どっちが弟……?」 「生まれたのは、こっちの子が先だったな……」  アザールが抱く子には、アザールと同じ耳があった。黒い髪にピコピコと動く耳は、どうやらよく音を拾っているようだ。  エルの胸で眠る子は見た目はエルと同じ人間だが、髪色が明るくアザールに似ている。 「でも、どちらが先でも……関係ない。ふたりとも、大切な子どもだ。俺たちの、家族だ」  エルは小さく笑った。涙が滲んだままの目で、アザールを見上げる。 「……ありがとう、アザール。僕、とっても幸せ……生きててよかった」 「……俺もだ」  夜明けだった空は、いつの間にか夜になっていた。窓の外では雪が音もなく降り続けている。  冷たい世界の中で、部屋の中だけが、やさしいぬくもりで満ちていた。

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