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第96話

◇  エルとアザールの間に生まれた双子。  兄であり、獣人の血を濃く受け継いだ子はフェンと名付けられた。  黒く柔らかな髪と、ぴくぴく動く耳を持ち、ふわふわな尻尾もある。  一方、弟はリュカ。人間の姿に近く、淡い髪と大きな瞳が印象的な子だった。  身体的な特徴こそ違えど、ふたりは確かに、兄弟で、双子。  エルとアザールは、初めての育児に戸惑いながらも、日々を愛しんで過ごしていた。 「っ……フェン、噛んじゃダメだよ。痛いからね……」 「あー!」  片方を抱っこしていれば、もう片方が布を引き剥がし、ようやく寝かせたと思えば今度は泣き声で起こされる。  エルはバタバタと動き回りながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。  とくにフェンはやんちゃで、獣人特有の成長の早さもあるのか、生後ひと月でハイハイを覚え、目を離せないほど活発になっていた。  一方のリュカは、驚くほどよく眠る子だった。何時間でもスヤスヤと眠り続ける。起きているときは物静かで、おっとりとした印象を与えた。 「……リュカ、大丈夫かな……寝すぎじゃないかな……」  元気な兄に押しつぶされそうになっては、エルの胸の中に避難するリュカ。そんな彼にエルはふと不安になったりもする。  そうしてリュカを眺めていると、またあぐっとフェンに腕を噛まれてしまい、エルは目をバッテンにした。 「あ、シュエット、シュエットぉ!」 「はいはい、どうされましたか」 「フェンがいっぱい噛んじゃって……僕の腕も、椅子の脚も、何でもかんでも……」 「おそらく歯が痒いのでしょうね。少々お待ちください、ロープのおもちゃをお持ちします」  控えめな足音を立てて、シュエットが廊下へと姿を消す。  ──今日は、アザールがいない。  朝から王城での会議があるとのことで、昼には戻ると言っていたが、まだ少し時間がある。 「……一人でも、頑張れると思ったんだけどなあ……」  そう呟いたところで、膝にぴょこりとフェンが頭をすり寄せてくる。  エルがそっと耳に指先で触れると、驚いたように目を見開いて「グルル」と小さな声で喉を鳴らした。 「か、かわいい……!」  フェンを抱っこし、エルはふわふわの頭を優しく撫でる。  そして背中をトントンと叩き、もちもちの頬にキスを落とした。 「フェン、ほんとにアザールにそっくりだね。髪と目の色は僕と同じだけど……」 「がぅっ」  鼻先をぴとんとくっつけると、嬉しそうにブルブルと首を振った。  目をとろんとさせ、そのまま腕の中で眠りに落ちていく。  静かな寝息。  兄をそっと弟の隣に寝かせると、部屋にようやく静寂が戻ってきた。  エルはゆっくりと隣に寝転がる。  天井を見上げながら、小さなふたつの手に指を差し出すと、リュカが、そしてフェンが、ぎゅっと握り返してきた。 「……フェン、リュカ。僕、君たちに会えてよかったよ」  小さな命が隣にいるだけで、胸がじんわりと満たされていく。  エルはそのまま目を閉じ、ふたりの寝息に包まれながら、そっと微笑んだ。

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