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第97話
帰宅したアザールは、目の前の光景をどうにか残しておけないだろうかと、目に焼きつけるように見つめていた。
最愛の番と、息子たちが、穏やかに眠っている。
仰向けになった子どもたちを、包むように抱きしめて眠るエル。
その寝息は静かで、優しくて──まるで世界のすべてがここにあるかのようだった。
なんと愛しいことか。
アザールは口元を手で覆い、こみ上げるものに目の奥がじんと熱くなった。
「あら、なんと愛しいお姿でしょうかね」
「……シュエット」
背後からかけられた穏やかな声に振り向くと、シュエットが微笑んでいた。
「エル様、お困りの様子でした。フェン様が歯が痒いようで、エル様や家具をガジガジと……」
「ロープのおもちゃは?」
「お渡しする前にお眠りになられてしまいましたので、また後ほどお持ちしますね」
三人にそっと近づき、エルの手を取る。
そこにはうっすらと、小さな歯形の痕が残っていた。
「……後で手当てを」
「かしこまりました」
アザールはふと目を伏せ、ぽつりと呟いた。
「……なんて幸せなんだ」
その声に反応したかのように、フェンがぱちりと目を開ける。
目が合うと、くるりと寝返りを打ち、ハイハイでアザールの方へ向かってきた。
「フェン、ただいま」
「がう!」
「歯が痒いのか? 見せてごらん」
口元に手を伸ばすと、フェンはグルグルと唸って嫌がった。アザールは笑ってそれを引っ込める。
「会議はいかがでした?」
「ああ、報告会のようなものだった。……どうやら、人間と獣人の関係が良好になってきているらしい」
「それは良いことですね」
「ああ。……フェンとリュカが生まれたことで、『人間と獣人は分かり合える』と、国中に広まったんだろう」
そう──双子の誕生は、国中に知らされていた。
レオン王子が公に祝いの言葉を贈り、獣王軍は育児に翻弄されるアザールの代わりに、カイランが筆頭となって街や村を巡って人間と接し、距離を縮めていった。
まだ眠るエルとリュカに目を向ける。
リュカはエルの胸に抱かれたまま、静かな寝息を立てていた。
アザールの胸に、じんわりと温かいものが広がっていく。
「……ありがとう、エル」
思わずこぼれた言葉に、エルがゆっくりと目を開けた。
「……アザール……?」
「起こしてしまったか」
「ん……ううん。おかえり……」
かすれた声で、そう微笑むエルは、何よりも愛おしかった。
フェンを片腕に抱いたまま、アザールはエルの髪をそっと撫でる。
「……ありがとう。ふたりを産んでくれて」
「ふふ、どうしたの? そんなこと急に」
「伝えたくなったんだ」
「……僕の方こそ、ありがとう」
ちゅ、と優しくキスを交わす。
「フェンは、お前を噛んでたらしいな」
「うん。ちょっとだけ……でも、可愛いから許すよ」
エルの指が、まだ眠るリュカの頬を撫でる。
「ねぇ、アザール。僕たち、ちゃんと……親になれたかな」
「なってるさ。お前はもう、立派な母親だ」
「……じゃあ、アザールは……?」
「最高の父親になってみせる」
その答えに、エルはふっと笑い、また静かに目を閉じた。
「……じゃあ、お父さん。もう少しだけ……リュカと寝ていてもいい?」
「ああ。ゆっくり休め」
エルの額にそっと口づけを落とし、アザールはそっとその場に膝をつく。
その穏やかな光景を見届けたシュエットは、静かに廊下へと退いた。
窓の外では、雪がまだ静かに舞っている。
けれどこの部屋の中は、誰よりも深く──やさしいぬくもりに、満ちていた。
忌まれた子は、獣の愛に包まれる 完
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