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第98話 双子のなかなおり

 双子が生まれて、五回目の春。  四歳になったフェンとリュカは、元気いっぱいに成長していた。  双子だけれど、見た目も性格もまったく違う。  兄のフェンは、獣人の血を濃く受け継ぎ、活発で感情表現がまっすぐ。嫌なことは嫌、好きなものは好きと、はっきり伝えられる子だ。  一方で弟のリュカは、人間の血が濃く、繊細で遠慮がち。言いたいことがうまく言葉にできず、もどかしさを抱えることもしばしば。  そのためか、ふたりは──よく喧嘩をする。 「リュカ、それ貸して!」 「……ぁっ」  子ども部屋で静かにおもちゃを並べて遊んでいたリュカだったが、唐突にそれをフェンに奪われてしまい、シュンと表情を曇らせる。  「いや」と言いたかった。でも言えなかった。  代わりに、リュカはムッと怒ってフェンの背中をペシリと叩いた。 「わっ、なにすんの!」 「……」 「何で叩くの!」 「……きらいっ!」  ふいにそんな言葉が口から飛び出す。  リュカはぷいっと顔を背け、部屋の隅っこへ行ってしまった。  『きらい』──その一言が、フェンの胸に突き刺さる。  ぽろりと涙があふれ、やがてフェンは大声でわんわん泣き出した。  狼の鳴き声混じりのその泣き声は、遠く執務室にまで響いた。  執務室で仕事をしていたアザールはフェンの鳴き声に驚いて、ソファーで休んでいたエルを連れ、子供部屋へと駆け出した。 ◇  子供部屋に着いた二人は、ワンワン泣くフェンと、部屋の隅っこで怒っているリュカにキョトンとする。 「フェン、どうした、怪我でも──」 「っ、おとぉさ、あ、あのね……っ!」  床に座り込んでいたフェンが、顔をくしゃくしゃにしてアザールにしがみついた。  後ろではリュカが、ムッとした顔のまま黙っている。 「泣くのはやめにしよう。落ち着いて話を聞かせてくれないか」  アザールが優しく背中をさすりながら問いかけると、フェンはすすり泣きながらも、ようやく声を絞り出した。 「リュカがね……きらいって言ったの……っ! おもちゃ、貸してって言っただけなのに……っ、ぼく、悪くないのに……」 「嫌いって、言ったの……?」  エルはリュカに目を向ける。リュカは肩をすくめ、小さな声でぽつりと呟いた。 「……フェンが……とっちゃったから……いやだったの……」 「……っ、それで、叩かれたのか?」  アザールがフェンの肩に手を置いて確認すると、フェンはこくんと頷く。 「……ペシってされた。痛くなかったけど……でも、きらいって言われたの、すごく……すごく……」  再び涙があふれそうになり、フェンは言葉を飲み込んだ。 「そうか、よく話してくれたな」  アザールがぎゅっと抱きしめて、頭を撫でる。  エルは、ゆっくりリュカのそばに膝をついた。 「リュカ、おもちゃを取られたの、嫌だったんだね。でも、だからって叩いていいわけじゃないよ。叩かれたら、フェンも傷つくよ」 「……うん……」 「きらいって言葉も、悲しくなっちゃう。……リュカは、本当にそう思ったわけじゃないんだよね」 「……おもってない……」 「じゃあ、それをちゃんと伝えようね。言葉が難しかったら、お父さんお母さんが手伝ってあげるから」  リュカがうるんだ目でエルを見ると、そっとその手を取られた。 「ごめんなさい……フェン……」 「……いいよ……」  ぼそっと返したフェンの声は、まだ涙混じりだったけれど、どこかほっとしたようでもあった。 「フェンも、リュカのおもちゃを借りる前に、借りていいか聞かないとダメだよ」 「はい……」 「リュカはおもちゃを取られたことが嫌だったんだって」 「……リュカ、ごめんね」 「……いいよ」  一応、許しあえた様子。  アザールとエルは苦笑すると、双子の頭をそれぞれ撫でて、立ち上がる。 「今日はいいお天気だよ。お外で遊んできてもいいからね」 「……おうちの、後ろの丘のところ? 行ってもいいの?」 「ああ、いいぞ。リチャードとレイヴンを連れていきなさい」 「うん!」  双子は頷くと廊下に飛び出して「リチャードー!」「レイヴンー!」と大声で呼んだ。  呼ばれた彼らは駆けてきて、丘に行くと聞くと頷き、四人はそうして外に出かけた。  桜の花が咲き始め、空は澄んでいる。けれどリュカの顔には、どこかまだ少し曇りが残っていた。 「はやくはやくー!」  フェンはいつも通り元気で、先に駆け出していく。  リュカは小さく手を振ってから、少し遅れて歩いていった。  と、そのとき──  ブゥゥゥン……! 「ひっ」  草むらから現れた、大きな羽音の虫が、リュカの目の前を飛んだ。 「や、やだ……! フェン……っ、たすけて……!」  虫が怖くて動けず、リュカの目に涙が浮かぶ。  立ちすくむその前に、ぴょんっと駆け戻ってきたのはフェンだった。 「リュカ、うしろに下がって!」  フェンは両手を広げてリュカの前に立ち、耳をピンと立てて虫を睨みつける。  その尻尾を逆立てて、グルルと小さく唸ると──虫はくるくると空を回って、どこかへ飛んでいった。 「もう、大丈夫だよ!」 「フェン……」  リュカの目から、ぽろりと涙がこぼれた。 「ご、ごめんね……フェンのこと、さっき……きらいなんて言って……」 「オレ、もう全然きにしてない!」  にっと笑ってそう言うフェンの顔が、太陽の光を受けて眩しかった。 「大丈夫だよ。オレ、リュカがこわいのから、絶対守ってあげる! お兄ちゃんだから!」 「……ありがとう」  そっと手をつないで、ふたりはまた並んで歩き出す。  その後ろを、レイヴンとリチャードが笑みを浮かべながら見守っていた。  夕方、ふたりは手をつないだまま屋敷に戻った。  エルが出迎えると、リュカは小さな声で「ただいま」と呟き、フェンは誇らしげに「オレ、リュカ守ったんだよ!」と胸を張った。  そんな双子の姿に、エルもアザールも、思わず目を細めて。 「立派なお兄ちゃんだね」 「そうだな。リュカも、よく頑張った」  家族の絆は、春のあたたかい日々の中でそっと育まれていくのだった。 【双子のなかなおり】 完

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