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三 再燃する関係
行為の痕跡をシャワーで流した泉が、妖艶な笑みで振り返る。
「ベッド行く?」
それとも、このままする? そんな含みを持った目で誘ってくる。湿った髪から水滴が滑り落ち、艶やかな鎖骨を伝う。視線をそらすように、俺は泉の肩を軽く押した。
「泉」
もう十分だろ。そう言いたいのは解っている癖に、泉は構わず笑う。
「こっちは、元気そうだけど?」
「……」
そう言って、俺の下腹部に手を伸ばす。やんわりと握られた瞬間、喉が詰まりそうになった。
「彼女いないなら、またしようよ――いつもみたいに」
「――泉」
「ベッド、行く?」
有無を言わない強さでそう言われ、押し黙った。泉とは、中学からの付き合いだ。同じバンドが好きで意気投合して、それから仲良くなった。今じゃそのバンドの曲を俺は聞いていないし、泉と過ごす場所はベッドの上ばかりになった。
念を押すような声に、俺は返事をしないまま頷いた。
◆ ◆ ◆
泉との思い出のほとんどは、ベッドの上だ。
キスしたのも、童貞を喪失したのも、全部ベッドの上で、誘うのも、誘われるのも、いつだってベッドの上だった。
「大胡……」
甘えるような声に、理性がまた溶けていく。白い肌を貪るように、肩口に噛みつく。手を着いた拍子に、ベッドがギシリと軋んだ。
「んっ……」
泉の甘やかな声に、ゾクゾクと背筋が粟立つ。先ほどまであんなに抵抗があったのに、この肌を目の前にすると、理性は飛んでしまう。突起に舌を這わせ、何度も弄ぶ。泉は小さく震えながら、快楽を示した。
付き合っていた彼女がいた時、泉は「ただの友人」になった。
彼女と別れた時、泉は「恋人」のように俺の腕の中に戻ってきた。
歪で、淫らな関係はだらだらと続いて、こうして肌を重ねる度に、言い表せない焦燥感に駆られて行く。泉は何も求めず、ただ俺に応じてくる。セフレと言うには、割り切れない関係。泉は何処までも俺に都合よく生きている。
「大胡……、ソコ……っ、ん」
「ココ?」
「んぁっ! あっ、ん……。そこ、ばっかり……っ」
「でも、好きだろ?」
「……好き、だよ」
その「好き」に、別の意味が滲んだ気がして、一瞬だけ動きを止める。だが、気づかないふりをして、腹を撫でた。
ちゅう、と胸を吸うと、泉は首を振って快感を示す。泉の首に掛けられた錆びたチェーンが、金属の擦れる音を立てる。
(誘ったのは、俺からだったのに)
最初に誘ったのは、俺だった。
高校の頃。泉に触れたくなって、好奇心と欲望だけで抱いた。泉は、俺のすべてを受け入れた。抵抗するでもなく、求めるでもなく、ただ俺の欲に応えた。
泉とのセックスは、麻薬のようだった。刺激的で、甘くて。俺はどうしてもやめることが出来ずに、猿のように盛った。殆ど毎日のように泉をベッドに連れ込み、泉を犯した。あまりにのめり込んで――。
結局俺は、怖くなって逃げだした。
そう。怖くなったのだ。
「大胡……入れて……」
足を拡げて誘う泉に、ゴクリと喉を鳴らす。俺はコンドームを着けると、自身を穴に押し付け、ぐっと腰を押し進めた。泉の膝が震え、甘い声を零す。
「っ……泉……っ」
腰を動かすたびに、泉が甘く鳴く。そのたびに、心の底に沈んだ毒が浮き上がる。
泉にハマりこんでいる自分が怖かったし、俺に抱かれることを疑問に思わない泉が怖かった。そして、夢中で腰を振っている自分に―――嫌悪した。
泉は、何も言わない。
俺が逃げても、また戻れば受け入れる。
彼女と別れたあと、またこうして誘ってくる。
俺もまた、断ち切れずに、泉を抱く。
ぱちゅん、ぱちゅん。腰を揺らすたびに、肉を打つ卑猥な音が漏れ出た。突き上げる度に甘い声を漏らす泉に、征服欲が湧きあがる。
「あ――、あっ……、あ、あっ……」
泉がどんなつもりなのか、どんな気持ちなのか、聞いたことはないし、聞くつもりもない。
ただ、俺はクズ野郎で、泉は頭がおかしい。それだけは確かだ。
(もう、やめようと思ってんのに)
いつ、どこでかは解らないけど。
泉を壊してしまったのが、俺だということは、解っていた。
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