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六話 執着
午後八時を回った頃に、泉は俺の部屋へとやって来た。手にはコンビニで買ったらしい弁当をぶら下げ、気怠そうにしている。
「お疲れ」
「ん。飯食った?」
「ああ。カップラだけど」
「せめて野菜食いなよ。これ、プリン買って来たからあげる」
泉は部屋に上がるなり、自分でお茶を淹れ始める。この部屋にある食器の半分は、泉のものだ。以前は彼女が置いていったマグカップがあったはずなのに、いつの間にか無くなっている。その代わり、その場所に泉のカップが置かれている。ビニール袋からカップデリとサラダを取り出して食べ始める泉を、火を点けないままのタバコを咥えながら眺める。火を点けるか迷って、結局つけずにプリンに手を伸ばした。
「お前こそ、もっとしっかり食えって」
「良い。あんま食うと響くし」
「……」
響く。という言葉に、スプーンを持つ手を止める。何に響くんだ? と聞いてやろうかと思ったが、今更、嫌がったり恥じらったりしないのを知っているので、止めておいた。泉が何をしに来たのかなんて、知っているし。
「お前レポートもうやってる?」
他愛のない話題を振った俺に、泉は顔を上げずに「いや」と答える。赤い唇に運ばれる箸を、じっと見つめた。
「まだ、全然。資料集めもそんなには」
「だよな。ちょっと安心」
「早いヤツはもう資料集め終えてるって」
「マジかよ。どこのどいつだよ……」
「……お前は知らないかも。民俗学取ってるヤツだから」
「――はぁ」
泉が同じ状況だと喜んでいたのに、赤の他人の情報を知らされ、少しムッとする。俺の関心が向かないと知ると、泉はそれ以上は話題を続けなかった。
「まあ、でも。ゼミ合宿あるし。まずはそっちじゃない」
「……ま、そうか」
食事を終えたらしく、泉が俺の方へと寄って来る。火をつけないまま咥えていたタバコを抜き取り、唇を近づける。
「……おい」
「続き、しようよ……」
甘い声で囁かれ、ぐらりと意志が揺らぐ。昼間の熱が、戻ってくるような感覚に、ぐっと拳を握った。
「何の続きだよ」
「焦らすなって」
再びキスを仕掛ける泉に、舌を挿し入れて答える。泉の肩がピクンと跳ねた。ぬるぬるする舌を絡め、唇を貪る。存分に堪能しながら、背中をツーッと指先でなぞった。
「んっ……!」
「泉、着たまま、しよ」
「―――それ、好きな」
着衣エロは基本だろ。
そう思いながら、彼女とはしなかったと思い返す。
泉の下半身から下着ごとズボンを抜き取り、シャツだけにする。見えそうで見えないシャツの裾から伸びる白い脚に、手を這わせた。
「……準備してきた?」
「その方が、お前好きだろ……っん」
アナルに指を這わせる。すでに綺麗にしてあって、ローションまで仕込まれていた。
「そうでもないけどな」
別に、準備が面倒な訳じゃない。俺の手でしてやるのも好きだ。ただ、俺とヤるために一人で準備している姿を想像するのが、楽しいだけだ。そんなの、興奮する。
「もう挿入れても良さそう?」
「っ、あ……、せっかちが」
「泉だって、欲しいくせに」
ぬぷ、と中指と薬指を突き刺す。泉のナカは、すでに柔らかい。
「……欲しいよ」
誤魔化したりせず、泉がそう言う。
俺はコンドームを着けて、泉に上に乗るよう促す。泉は素直に俺の上に跨がって、腰を落とした。先端を呑み込んでいく肉の、生暖かい感触が、堪らなく気持ちいい。
「あ――、んっ……」
「泉、これ、咥えてて」
シャツの裾を渡すと、泉がじっと睨んでくる。
「マニアックじゃないの」
そう言いながら口にシャツの裾を咥え、結合部を見えやすくする泉に、薄暗い興奮を覚えた。
「ん、ふっ……」
口にシャツを咥えているせいで、泉の声はくぐもっていた。ゆっくりと味わうように腰を揺さぶりながら、視線で俺を誘惑してくる。
(猿轡――は、やったことなかったな……)
快楽に酔う泉を見ながら、そんなことを考える。
泉には、およそ世の中で発見されているすべての体位を試したし、思い付く限りの場所でした。結局、普通が一番楽だった。だが、興奮はする。
ネクタイで縛ったこともあった。戯れに、おもちゃの手錠をかけたこともある。目隠しもしたし、道具も使った。
でも、女装をさせたことはない。
泉は女じゃないし、女の代わりでもない。女でいて欲しいと思ったことはなく、むしろ男で良かった。だからこれからも、それだけはさせない。
「泉、口離して良いよ」
キスできないから。
口にはしなかったのに、伝わったのか、泉は口からシャツを外すと、俺に噛みつくようにキスをしてきた。
「んっ……、はっ……」
「泉…」
何度も舌を絡めあい、深く深く口付ける。
二人の境目が、なくなれば良いのに。
そうすれば、なにも。
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