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九話 見ないふりをして
「へえ、お饅頭だ。有名なのかな」
袋を覗き込んで、泉が薄く笑う。週末、実家に帰っていた滝からの土産は、地元で人気の和菓子だった。
「日持ちしねえのに五個も買ってきやがって」
「でも、美味しいじゃない」
「なら、俺とお前は一緒で良かっただろ」
二人に五個じゃない。一人五個だ。一人暮らししてんのに、明らかに多すぎる。
「……そう、だね。一緒で良かったかも」
そう言って僅かに目蓋を伏せる。泉の熱は下がったらしく、今はその名残を感じさせるだけだ。胸のはだけたシャツを気だるげに身に付け、髪もぐしゃぐしゃだ。
「病院行ったの?」
「ううん。市販薬飲んだだけ」
「ふーん」
心配というより、雑談。それは泉も解っているらしく、軽く相づちを打つだけだ。
泉はペットボトルの水を飲み、俺の方を見た。
「うちに来るの、珍しい」
「アイツらが行け行けうるさくてな」
「そんなことだと思った」
「初めて合鍵使ったわ」
皮肉げに笑った俺に、泉は視線を俺の手元に落とした。
「学校から直で来たの?」
「あ? まあ、一回家に帰ったら、面倒だろ」
俺の家は、学校と泉の家の間にある。泉の視線は、手元の鞄を見ていた。
「合鍵、いつも持ってるんだ」
「……」
「そんな顔するなって」
泉が笑う。
俺は、どんな顔をしていたんだろう。
「……帰るわ」
唇を曲げてそう言う俺に、泉が袖を掴んで引き留める。
「帰るの?」
そう言ったじゃないか。俺は黙って、泉を見下ろす。泉が甘えた声で、もう一度囁く。
「帰るの」
「病み上がりだろ」
ハァと溜め息を吐く俺に、泉が腕を絡める。娼婦のような顔をして、額を胸に擦り付けてきた。
「もう治った」
ずくん、胸が疼く。
明らかな誘惑に耐えられないのは、相手が泉だからなのか、男の本能がそうさせるのか、解らない。解らないから、俺は本能のほうにしておく。
泉の肌も匂いも、内部の好さも解っている。抗えるだけの材料はない。
泉が俺の首を引き寄せ、唇を寄せる。舌の温度を確認するためだと、誰かに言い訳をして、舌を捩じ込んだ。
「んぅ……、ぁ、ん……、大胡」
名前を呼ぶ声に、鼓膜がザワリと震える。
『好……き、大胡……』
うわ言を想いだし、脳が震える。
泉はどうせ、覚えていない。覚えていたとしても、言うわけがない。
その事に、なぜか胸がモヤモヤする。
俺の望みのはずだ。
泉はそれを解っている。
「ん、大胡――、ベッド、行こう……?」
甘く誘いを掛ける泉に、俺は泉の腕をほどいた。泉が、一瞬面白くない顔をする。
俺は笑って、そのまま泉を横抱きに抱えあげた。
「っ……!? だ、大胡っ……!」
「暴れんな。落ちるぞ」
「っ、なん……」
カァと珍しく顔に赤みを差す泉に、なんとなく愉悦が込み上げた。そのまま泉を抱き抱えたまま、寝室に向かう。
「藤木に、たまには優しくしてやれって、言われたからな」
「―――」
ベッドにそっと横たえる。ギシと軋む音がした。
「大胡――」
「さすがにヤんねえよ。そっち、詰めろ」
「……」
泉は無言で、ベッドの端による。俺は空いたスペースに横になった。
「やべ。ベッド、ギシギシ言ってるわ」
「これじゃセックス出来ないね」
「男二人の体重はムリか。ま、大人しく寝てる分には壊れねえだろ」
横になって、瞳を閉じる。泉の指が、俺の指に絡み付いた。
「なんか、懐かしい感じ」
泉が呟く。
確かに、セックスもしないで同じベッドに寝るのは、久し振りだった。
「昔は下心なかったんだけどなあ」
笑いながら俺を見る泉に、おれは返事をしなかった。眼を閉じると、幼さの残る泉の顔を思い出す。泉は今より小さくて、華奢だった。
(俺はずっと、下心ばかりだったよ)
最初から。
泉を抱きたかった。
だからあの日、抱いたんだ。
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