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十一話 下世話な話

「進藤? ああ、曽田教授のゼミだろ。ほら、民俗学」 「民俗学? はあ」  カフェテリアのコーヒーを啜りながら、興味なさげに返す俺に、滝は「お前が聞いたんだろ」と眼鏡を曇らせた。  泉の知り合いらしい『進藤』が何者なのかは、滝が知っていた。泉に聞くのは癪だし、知らないままなのも落ち着かない。藤木だと根掘り葉掘りと理由まで聞いてきそうだったが、その点、滝なら気になったとしても深く追及してこないから、楽だった。  滝によれば、進藤|漣《れん》という男は、民俗学に傾倒する学生で、教授たちとも仲が良いらしい。周囲の評判は良く、明るく爽やかな好青年ということだ。 「はぁ」 「全然、興味ないじゃん。なんで聞いたの?」 「なんで泉と知り合いなの?」 「……そんなの、木島に聞けよ」  それはそうだが。  滝はアイスコーヒーにシロップを二つとミルクを入れて、かき混ぜる。漆黒のコーヒーがミルクで汚れるのが嫌いな俺は、その光景に少しだけ眉を寄せた。 「木嶋も、あんまり交遊関係広い方じゃないしね……。民俗学も取ってるんだっけ?」 「知らねえ」 「ほんと、冷たいよねぇ。幼馴染みなんでしょ?」 「……まぁ」  幼馴染み――といえば、幼馴染みだ。とはいえ、小学校は別の学校で、中学校では名前は知っていたが、友人ではなかった。高校になって、同中出身という理由で仲が良くなった。それだけの関係性だ。高校を境にして、『それだけ』とは言えない関係になったのだが。 「まあでも、大学でもつるんでるんだし、結局仲良いのかな……」  滝がグラスをかき混ぜる度に、氷がカラカラと音を立てる。グラスに浮いた水滴が、テーブルに水の輪を作り出した。 「ああ、でも。彼アレらしいよ」 「アレ?」  滝がテーブルから身をのりだし、小声で囁く。 「ゲイ」 「―――」  思わず、握った拳に力が入った。  滝は席に座り直して、コーヒーを啜る。顔をしかめ、もう一つミルクを開ける。 「なにそれ」 「公言してるっぽいね。ほら、モテそうでしょ? それで」 「はぁ」  どうやら進藤は、女にモテ過ぎて、ゲイだとカミングアウトしたらしい。  泉は、進藤がゲイだと知っているんだろうか。 (知ってたからって、なんだって話だが)  他人の性指向なんか、どうだって良い。ただ、泉を見る目が、嫌だった。 「――泉って、どっちなの?」  滝が不意に、そんなことを聞いてくる。内心、心臓を抉られたかのような衝撃を受けたが、素知らぬふりをする。 「知らね。なんで?」  実際のところ、俺は泉がどうなのか、知らない。あんな身体で女を抱けるとは思えなかったが、そうさせたのは俺だ。 「本当に興味ないんだから……。ホラ、泉もモテるけど、彼女居たことないし、合コンも面倒そうじゃん」 「……だな」 「ちょっと色気あるしね」  滝の感想が、不快だった。鼻で笑って、水滴だらけのグラスを掴む。 「スーパーの品出ししてんのに、色気ね」 「確かに、なんでそのバイト? とは思うなァ」  カフェとか、バーとか合いそうなのに。そう言いながらコーヒーを啜る滝を見ながら、俺はモヤモヤを呑み込んだ。

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