11 / 28
十一話 下世話な話
「進藤? ああ、曽田教授のゼミだろ。ほら、民俗学」
「民俗学? はあ」
カフェテリアのコーヒーを啜りながら、興味なさげに返す俺に、滝は「お前が聞いたんだろ」と眼鏡を曇らせた。
泉の知り合いらしい『進藤』が何者なのかは、滝が知っていた。泉に聞くのは癪だし、知らないままなのも落ち着かない。藤木だと根掘り葉掘りと理由まで聞いてきそうだったが、その点、滝なら気になったとしても深く追及してこないから、楽だった。
滝によれば、進藤|漣《れん》という男は、民俗学に傾倒する学生で、教授たちとも仲が良いらしい。周囲の評判は良く、明るく爽やかな好青年ということだ。
「はぁ」
「全然、興味ないじゃん。なんで聞いたの?」
「なんで泉と知り合いなの?」
「……そんなの、木島に聞けよ」
それはそうだが。
滝はアイスコーヒーにシロップを二つとミルクを入れて、かき混ぜる。漆黒のコーヒーがミルクで汚れるのが嫌いな俺は、その光景に少しだけ眉を寄せた。
「木嶋も、あんまり交遊関係広い方じゃないしね……。民俗学も取ってるんだっけ?」
「知らねえ」
「ほんと、冷たいよねぇ。幼馴染みなんでしょ?」
「……まぁ」
幼馴染み――といえば、幼馴染みだ。とはいえ、小学校は別の学校で、中学校では名前は知っていたが、友人ではなかった。高校になって、同中出身という理由で仲が良くなった。それだけの関係性だ。高校を境にして、『それだけ』とは言えない関係になったのだが。
「まあでも、大学でもつるんでるんだし、結局仲良いのかな……」
滝がグラスをかき混ぜる度に、氷がカラカラと音を立てる。グラスに浮いた水滴が、テーブルに水の輪を作り出した。
「ああ、でも。彼アレらしいよ」
「アレ?」
滝がテーブルから身をのりだし、小声で囁く。
「ゲイ」
「―――」
思わず、握った拳に力が入った。
滝は席に座り直して、コーヒーを啜る。顔をしかめ、もう一つミルクを開ける。
「なにそれ」
「公言してるっぽいね。ほら、モテそうでしょ? それで」
「はぁ」
どうやら進藤は、女にモテ過ぎて、ゲイだとカミングアウトしたらしい。
泉は、進藤がゲイだと知っているんだろうか。
(知ってたからって、なんだって話だが)
他人の性指向なんか、どうだって良い。ただ、泉を見る目が、嫌だった。
「――泉って、どっちなの?」
滝が不意に、そんなことを聞いてくる。内心、心臓を抉られたかのような衝撃を受けたが、素知らぬふりをする。
「知らね。なんで?」
実際のところ、俺は泉がどうなのか、知らない。あんな身体で女を抱けるとは思えなかったが、そうさせたのは俺だ。
「本当に興味ないんだから……。ホラ、泉もモテるけど、彼女居たことないし、合コンも面倒そうじゃん」
「……だな」
「ちょっと色気あるしね」
滝の感想が、不快だった。鼻で笑って、水滴だらけのグラスを掴む。
「スーパーの品出ししてんのに、色気ね」
「確かに、なんでそのバイト? とは思うなァ」
カフェとか、バーとか合いそうなのに。そう言いながらコーヒーを啜る滝を見ながら、俺はモヤモヤを呑み込んだ。
ともだちにシェアしよう!

