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十三話 浮かれているのかも知れない

「文豪も泊まったらしいよ」 「なんか箱根が舞台の小説あるよねー」  バスが着くとすぐに、ゼミ生たちが散っていく。一応見学コースは決まっていたはずだが、なんとなくグループごとに移動していくようだ。 「なんか大胡、機嫌悪い?」 「櫻井がご機嫌な時があったかよ」  滝と藤木が軽口を叩くのを無視して、ぼんやりと景色を眺める。観光地らしく人が多いのにげんなりしていると、泉が隣に立った。 「酔った?」 「……少し」 「昔から乗り物、苦手だもんな」  苦笑して水を手渡す泉から、無言でペットボトルを受け取る。水を飲めば、幾らか気分がましになった。 「まず昼飯にしようかって話だったけど、大丈夫そう?」 「ん。まあ、なんか入れた方がマシかな」  観光地はどこも再開発の波が押し寄せているのか、昔ながらの古くさい店よりも、新しく綺麗な店が増えている。なんとなく、こういうビジネスモデルを掲げるコンサルタント会社が、外側だけ綺麗に整えた場所を作っているのだろうな、と思う。  滝はどうせなら流行りの洒落た見せに行きたいと言っていたが、藤木が蕎麦が良いと騒いでいて、決まらない様子だった。  と、そこに、進藤がバスの方からやって来た。藤木たちも会話を止めて、進藤を見る。 「オレも一緒に良いかな。うちのゼミ、女子ばっかりでさ」 「ああ――」  そう言われて、断れるやつは早々居ない。なんとなく、微妙な空気が流れたものの、断る理由もないし、仕方がない。 「民族学って、なにすんの?」 「オレは歴史風俗に興味があるけど。文学作品の中には、そういうのが残っているから」 「あー」 「大胡、解ったふりしてる」 「してねえ。ミリも解らん」  泉が自然と笑う。進藤は泉を挟んで、俺に話しかけてくる。なんとなく、やりづらい。 (なんだかな)  モヤモヤしているところに、滝が口を挟んできた。 「あ、もしかして部屋も一緒? 五人部屋だったよな」 「あ、そうだね。この五人なんだ。よろしく」  爽やかな笑顔に、気力が吸い取られそうだ。 「ええー。男ばっかりかよ。なあ、女子の部屋行こうぜ」 「うちの女子と?」 「ちょっと櫻井! 聞こえてんのよ!」  前を歩いていた女子グループが、振り返って唾を飛ばす。泉と進藤は苦笑いしたが、藤木たちは「あー、うちの女子はな……」とつい漏らして、女子から反感を買っていた。    ◆   ◆   ◆  宿は安いわりに、綺麗だった。ただし、五人一部屋の大部屋だ。部屋に持ち込む酒をしこたま買い込む藤木たちのあとを追いながら、ぼんやりと庭を眺める。 「大胡、お風呂もう行く?」  部屋から、浴衣姿の泉が出てきた。庭を眺める俺の横に立つ泉からは、匂い立つような色香を感じた。 「ん、なんだ、浴衣着たの」 「うん。風情あるじゃん」  そう言って軽やかに笑う泉は、なんだかいつもより浮かれて見える。旅先だからだろうか。 (浴衣か……)  そういえば、浴衣では《《した》》ことがなかった。そう思うと、少し残念だ。視線に気づいたのか、泉が首をかしげる。 「大胡?」 「ん。浴衣でヤっても良かったなって」 「っ……! ちょっと」  泉が慌てるのが面白くて、ついニヤニヤと笑ってしまう。 「ああ、温泉でヤんのも良いな」 「大胡……」  口調は咎めるようなのに、声音は甘い。耳許に唇を寄せ、 「想像したのか?」  と聞いてやると、泉は恨めしそうな顔で俺を睨む。 「あとで覚えてろ」 「怖い怖い」  クク、と笑って、身体を離す。合宿から帰ったら、サービスしないと怒られそうだ。 「で、風呂行くかって? 俺も浴衣に着替えるわ」 「ん、待ってる」  待ってる。とはにかんだ顔に、一瞬真顔になる。 「……」  |二十歳《はたち》も過ぎた男がまだ可愛いとか、詐欺だろ。

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