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十四話 面倒くさい男

「あれ、木島、アクセサリーしたままじゃん。外さなくて大丈夫?」  と、温泉に浸かった俺たちのすぐ傍に、進藤がやって来た。泉の首には、相変わらず錆びたネックレスが掛けられている。 「あー……」  泉が言い淀む。 「温泉って、良くないって言うよね」 「……」  鎖を指で弄ぶ泉を目の端にしながら、俺は進藤が手にしていたタオルを引っ張ってやる。 「おいおい、なに隠してんだ」 「わ、わあっ。ちょっと、櫻井っ」 「タオルはマナー違反だろ?」 「わ、解ったよ」  恥ずかしそうにしながら、進藤がタオルを浴槽の端に置く。泉は話題が逸れたことのに、ホッとしているようだった。 「藤木たちは?」 「女の子の部屋に遊びに行っちゃって」 「ああ、なる」  コイツは、女子と遊んだりしないんだろうな。  進藤の視線が、泉に向く。泉の身体を見て、なんとなく頬を染める進藤に、苛立ちが募った。 「なんだよ」 「えっ、あ、いや」  ソワソワする進藤に、俺も視線を泉にやった。泉は解らないような顔で、首をかしげる。 (ああ――)  何を動揺してるのかと思ったが、良く見れば――いや、良く見なくてもハッキリと、泉の身体にはキスマークが残っている。なんなら、泉の愛らしい乳首は、俺が弄くっているせいで、男のものにしては赤く育っている。 「泉」 「え?」  チョンチョンと首筋を指差す俺に、泉が一瞬息を詰まらせた。顔色が変わらないのは相変わらずだが、相当に動揺しているのは、長い付き合いだから良く解る。  なんとなく、三人無言になった。  進藤はなんとなく、泉に痕跡を残している犯人を知っていそうな空気を出しているし、泉自身も進藤に知られたこと自体を動揺している風ではない。 (なんか、言ってんのか)  進藤と泉がどういう関係なのか、今更ながらに気になってくる。だが、それは口に出せずに興味のないことを口にした。 「そういや泉、民族学なんか取ってたんだ」 「あー、興味があるっていうより、丁度一コマ空いてて」 「はあ、なるほどね」  泉は空いた時間を、勉強することに使ったらしい。単位ギリギリで時間割りを決めた俺とは違うようだ。 「面白いよ。櫻井も来てみれば」 「さあ、どうだろう」  どうせ社交辞令だろうと、軽く受け流す。俺は改めて、進藤漣という男を観察した。清潔な雰囲気のある、精悍な顔立ち。体つきもなかなか良い。女遊びをしていない雰囲気はあるのに、どこかこなれた様子は、何も知らないやつが見たら、どんな風に見えるんだろうか。 (それなりに、経験ありそうだな)  そうなった男には解る、男と寝ることが出来るタイプの男。俺と同類の匂いがする。 「櫻井は、本とか読まないタイプ?」 「本とか読まないタイプだね」 「お勧めしても、全然読まないよ。大胡は」 「んー。でも木島のお勧めはマニアックだからなあ……」 「そうなのか」  思わず泉を見る。泉が好きなものは知っているが、他人の基準は解らない。 「せっかくだし、なにかお勧めしてみたいけど……」 「エロ本なら」 「アハハ。じゃあ、エッチなの探しておくよ」 「マジかよ」  進藤と話し込んでいると、泉が拗ねたような顔をしたのが、視界の端に入り込んだ。 (滝や藤木じゃ、そうならないくせに)  相手が、進藤だからか。男を愛せる男だからか。  なんとなく、からかいたくなる。 「そういや、進藤って恋人いるの?」 「え?」 「大胡」  泉が咎めるような声を出す。 「ゲイだって聞いたけど」 「――うん。そうだよ。今は、フリー」  曖昧に笑う進藤は、別にオープンにしていたわけではないのだと察せた。だが、今さらだ。 「ふーん。どんなのがタイプなの? 泉とか、藤木はどう?」 「おい、大胡」  ゲイだとバレて、何千回とされただろう質問をぶつける俺に、進藤は薄く笑った。呆れるほどに、繰り返して来たのだろう。その度に、嫌になった。  そんなこと、考えなくても想像がつく。 「俺とか?」 「大胡!」  泉が、声を荒らげる。  珍しく声をあげた泉に、進藤のほうが驚いた顔をしていた。泉はそのまま湯船から出ると、「先に出る」と、浴室から出ていってしまった。  その背中を見ながら、口許に笑みを浮かべる俺に、進藤が呆れた顔をする。 「櫻井って、めんどくさいヤツだったんだな……」 「うるせえよ」

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