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十五話 不意打ちにキス
教授の部屋に、話に行ったらしい泉が戻ってきたのは、夕飯ギリギリのタイミングだった。つまり、風呂で機嫌を損ねてから、一度も顔を合わせていない。
「へー、豪華じゃん」
「でも肉がねえよ」
「かー、櫻井はこれだよ。コイツには情緒ってもんがない」
藤木に文句を言われつつ、席に着く。俺はビール瓶を開けて、進藤に勧めた。
「飲めるよな?」
「まあ、それなりに」
進藤、滝、藤木と注いで行き、泉にも注ごうと思ったが、すでに自分で注いで、乾杯もしないままに呷っていた。まだご機嫌斜めらしい。仕方なしに手酌して、乾杯を促す。泉だけ、口を着けたグラスを重ねる。
「これ嫌い」
「えー、じゃあ頂戴」
俺が避けた皿を、滝が持っていく。進藤も、俺たちにだいぶ打ち解けたようだ。藤木とも普通に喋っている。
「明日ってどこ行くの?」
「芦ノ湖のほうじゃなかった?」
「箱根港のほうに文学碑があるってさ」
他愛ない話をしながら、飯をつつく。藤木がやけに女子グループの方をチラチラ見ている。
どうやら、浴衣が着崩れた女子の胸元を見ているらしい。
「女子ども、覗かれてんぞ」
「えっ! やだ、藤木最低!」
「ええっ!? 俺だけっ!?」
嘆く藤木を横目に、進藤が笑う。
「櫻井って、モテそう」
「モテそうじゃねえよ。実際、コイツなんだかモテるんだよ」
「モテる雰囲気があんのよ。そういえば櫻井、まだフリーなの、珍しいね」
滝がメガネを拭きながらそう言う。泉が箸を止めた。
「んー。まあ、しばらくは良いかなって」
「なんだ、飽きたのか?」
「まあ、飽きたといえば、飽きた」
「うわ、最低」
批難めいた目で睨む藤木を無視して、ビールを啜る。滝も呆れながら何か言おうとして、思い出したような顔をした。
「ああ、でも、好みのタイプがいたら、別でしょ?」
「好みのタイプ?」
進藤が食いつく。こういう話、好きじゃないだろうに。泉は出来るだけ反応しないように、じっとしているようだった。
「あれだろ。傲慢三セット」
「なにそれ」
「線が細くて、色白で。櫻井しか好きじゃないヤツだってさ」
カラン。泉が箸を落とした。
「何やってんだ」
「う、うん」
落ちた箸に手を伸ばす。泉の手も同時に伸びて、テーブルの下で手が触れあった。
「――」
潤んだ瞳で、泉が俺を見た。風呂上がりみたいに、顔が赤い。肌が白いせいで、余計に目立つ。
身を屈め、泉の唇を奪う。
「っ」
スッと唇を離して椅子に座り直した俺に遅れて、泉が席に着く。
「どうした木島。酔ったのか?」
「あー、ペース早かったもんな」
滝と藤木にそう言われ、泉は曖昧に笑って頬を押さえた。進藤だけは真実を知っている顔で、柔らかな笑みを浮かべていた。
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