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十九話 不自然なかたち

 風呂からあがって部屋に戻ると、さすがに藤木たちも起き出していた。 「なんだ、風呂なら誘えよ」 「朝風呂良かったぞ。飯までまだだろうし、行ってきたら?」 「そうするかー」  藤木と滝は朝風呂に行くと言って出ていったので、進藤と俺、泉の三人になる。進藤は浴衣から着替えたらしく、几帳面に荷物を片付けていた。 「お前は行かなくて良いの?」 「眠くなりそうだから。今日も歩くしね」 「ああ、そうだった。ダル」 「何しにきたんだよ、大胡」  呆れながら泉は着替えようとして、身体についた痕跡を思い出し、障子の陰へと隠れる。進藤が生ぬるい瞳でそれを見送る。 「俺、タバコ吸ってくるわ」 「あ、うん」  泉が障子の向こうから答える。タバコの箱を握りしめて部屋を出ると、何故か進藤も着いてくる。 「お前も吸うの?」 「いや。そういう訳じゃないけど」 「へえ」  じゃあ、どういうことだよ。と思ったが、口にはせず喫煙所へ向かう。時代の流れか、喫煙所はどこに行ってもあまり混んでいない。 「で?」  タバコに火をつけて促す俺に、進藤はきゅっと唇を結んだ。言葉を慎重に選んでいる様子を見ていると、なぜだか妙にイライラする。 「木島とは、幼馴染みだって聞いたけど」 「まあな」 「それだけ?」  スゥと煙を吸い込み、深く吐き出す。タバコの臭いに進藤は眼を細めた。 「それだけ、ってのは?」 「――とぼけるな。木島の身体の痕、お前だろっ……」 「はぁ」  さりとて興味も持てず、そう返事を返すと、進藤はやけにイラついて見せる。 「はぁ、って、お前な、櫻井……」 「っていうか、それで? 何が言いたいの?」 「―――」  ハッキリしないヤツだ。  泉を抱いていることも解っているくせに、何を聞きたいのか、解らない。  進藤は唇を曲げて、哀しそうに顔をしかめる。 「木島が可哀想だと想わないのか?」 「なんで」 「何でって……」  タバコから唇を離し、溜め息を吐く。 「少なくとも泉は、『可哀想』なんて想って欲しいと思ってねえよ」 「――それは……」  進藤は複雑な顔をした。彼自身、泉がどういう人間なのか知っているのだろう。もしかしたら泉から、俺との関係を聞いているのかも知れないし、勘が良い彼が泉が男に抱かれていると感づいたのかも知れない。  進藤は、泉が好きなんだろうか。そうなんだろう。 (ムカつくな……) 「だが、あんなことして……」 「あんなことって、夕べのこと?」  進藤がビクリと肩を揺らす。  昨晩、進藤はやはり起きていたらしい。始終俺と泉の行為を隣で聞いていたのだと思う。気の毒だとは思わないが。 「っ、そう、だよ」 「まあ、良くあることだろ」 「良くあってたまるか」  ムッとした顔に思わず笑う。こいつは俺と違って、『いい人』なんだろう。誠実で、嘘つきじゃなく、正直者。きっと、そんな男だ。 「オレが、木島を貰うぞ」 「無理だろ」 「――解ってんなら、なんで」  タバコを揉み消し、窓の外を眺める。見慣れない山々の風景に、取り残されたような気持ちになった。 「お前みたいな方が、少数だろ」 「――は? どういう……」  困惑する進藤を無視して、喫煙所を出る。「おいっ」と叫びながら、進藤が追いかけてきた。 「無視すんなよ――」 「大胡? 進藤も一緒だったの?」  着替え終わったらしい泉が、廊下に出てきたようだ。進藤は思わず、口を閉ざす。 「木島……」 「そろそろ飯?」 「いや、まだだけど……。誰も居なかったからさ」 「売店でも覗いてくる?」 「そうだな。進藤はどうする?」  進藤は一瞬だけ迷ったが、「ああ、オレも行こう」と着いてきた。自然と、泉を挟んで歩き出す。 『オレが、木島を貰うぞ』  と言った進藤を思い出しながら、泉と話すのをじっと見つめる。  泉はものじゃないし、俺の許可を得る必要もない。わざわざ宣言されたことが、不快だった。 (まあ、かといって、言い返せもしないんだがな……)  正論を振りかざされても、なにも言うことは出来ない。そもそも、そんなに単純な話ならば、何年も関係を引きずったりしない。  歪な関係は、歪みすぎて。  元の形が解らないほどに、歪んでいるから。

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