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第7話
そもそも今日は、飲み会に参加するつもりはなかった。けれどなんとなく、本当になんとなく、真木がせっかく用意してくれた場なのだしと、せめて顔だけ出して帰ろうと思っただけである。そんな魔がさしてしまったのが運の尽きか。まさかあんなにも構われて、一時間以上も滞在することになるとは思ってもみなかった。
「ちょっとあんた、いい大人なら自分の限界くらい把握しておいてくださいよ。重たいんですけど」
「ふふ、今日は楽しかったんです。みんなが染谷くんに歩み寄ってくれて」
「あー、やっぱあんたが余計なこと言ったんですね」
「違いますよ、あれはあの子たちみんなが染谷くんと仲良くしたいって思ったんですよ~」
「はいはい、いいから自分の足でしっかり歩いてください」
半分以上体重を預ける真木を支えるために、染谷は少しばかり腰を曲げている。身長差があるため仕方がないのだが、ずっとその姿勢でいるのもなかなか辛いものである。まったくなぜ自分がこんなことをと、そんな感情を隠さない顔で、染谷は真木の足先を引きずるように歩く。
「ふ、ふふふ、わあ、転んだ」
「嘘をつかないでください。歩きにくいので離れて」
正確には、染谷の歩く速度が速くて真木の足がもつれてしまった。真木のすべての体重が染谷にかかり、まるで抱きつくように染谷の体にもたれかかる。
「体が分厚いですねぇ。ふふ、懐かしいです」
「懐かしい? 何がですか」
染谷は適当にあしらいながら歩き続け、ようやくマンションにたどり着く。こういうとき社宅は楽だ。飲み会はだいたい会社近くで開催されるし、会社近辺に家があれば帰るのもあっという間である。
「あ、啓くんもね、大きかったんです。身長も高くて格好良くて、僕なんかにはもったいない人で」
「……ってこら、一人で行かないでください」
ようやく自分の足で立った真木は、染谷が解除したオートロックをふらふらと抜けた。おぼつかない足取りでエレベーターへ向かう真木に追いつくと、染谷はまたすぐに腰を抱く。
「ほら、しっかり立って」
「ん、はい。立った」
「立ってませんよ」
エレベーターが止まると、さっさと解放されたい染谷は一目散に部屋に向かった。真木の足を引きずっていることに構ってもいられない。上司だということすらも頭にはなかった。
ようやく真木の部屋の前に連れてくると、染谷は真木を引き離し、軽く揺さぶる。
「ほら、家ですよ。鍵は?」
「家? 家だ! 鍵、鍵……あれ?」
「それ俺のカバンです。勝手に漁らないでください」
「間違えた。僕のカバンの、えーっと……どこに入れたっけ?」
自分のカバンをのぞき込んで、外のポケットから漁り始める。しかし見当たらないのか首をかしげていた。
「おかしいなぁ……そうだ、一回全部出そう。分からないや」
「ちょっと、迷惑ですからやめてください」
真木が通路に正座をしてカバンの中身を出し始めると、染谷は必死で立ち上がらせた。
「ああもう、面倒くさいな。こっち来てください、もう俺の家に押し込むんで」
「でも鍵がないと家に入れない……」
「俺の家の鍵はありますから」
染谷は仕方なく自分の家を開けると、やはり引きずるように真木を中に入れた。
間取りは真木の部屋と同じだ。だから真木も違和感なく、酔っぱらった頭では自分の家に帰ってきたのだと錯覚していた。
染谷が真木を連れたのは、リビングの隣にある、すりガラスの引き戸で仕切っただけの寝室である。一応上司であるため床で寝かせるわけにもいかず、力の抜けたその体をベッドに放り投げた。
「はー……疲れた。二度と飲み会には行かない」
染谷の苦労も知らず、ふかふかのベッドにありついた真木は、やけに満足そうな顔で目を閉じている。
「こら、まだ寝ないでください。スーツ脱がないと皴になりますよ」
「んー……」
「起きてくださいってば」
どうしてこんなことまで面倒を見なければならないのか。心底うんざりとしながらも、染谷は真木のジャケットをなんとか脱がせた。すると真木の目がやや覚めたのか、染谷がジャケットをハンガーに引っ掛けている間に、自身でスラックスを脱いでいた。
「えらいですね、貸してください」
「ん、えらい」
褒められて満足した真木は、そのままベッドに寝転ぶ。まだシャツが脱げていないが、この際もういいだろう。染谷はシャツを早々に諦めたが、せめてボタンはいくつか外しておいてやろうと、真木の上に乗り上げてボタンに指をかけた。
「ん? わあ、驚いた。男前だ」
ヘラヘラと上機嫌に頬を緩める真木の両手が、突然染谷の頬を包む。
面倒くさい、絡まれた。染谷はそんな心情で「はいはい、どーも」と適当に流しながらボタンを三つほど外す。
「やっぱりすごく格好いいなぁ。へへ、ちゅーしよ」
「はあ? いい加減に」
離してくださいよ、と、続けようとした言葉は、唇が触れ合ったために不自然に途切れた。
表面が触れただけだ。思わず動きを止めていた染谷は、ちゅう、とついばむように吸いつかれて、思わず真木を突き飛ばした。
「な! に、するんですか!」
突き飛ばされてもベッドに受け止められた真木は、安らかな寝息を立てている。
染谷は真っ赤になり震えながら、真木のシャツの襟ぐりを掴み上げた。
「ちょっとあんた! え、何やってんですか! キス魔ですか!?」
揺さぶってはみるが、真木に起きる様子はない。
染谷は無意識に、真木の唇に視線を落とす。
「はあ!? え、ありえねえから! なあ、やり逃げかよ!」
ぐわんぐわんと揺さぶっても、真木はやはり起きそうにない。むしろ揺さぶられて気分が悪くなったのか、苦しそうに眉を寄せた。そんな様子に、染谷はようやく真木を解放する。気分の悪さは解消されたのか、真木はあどけない表情で寝返りをうった。
「……くっそ……信じらんねえ……」
染谷の深いため息が部屋に響く。しかしそれを向けた相手は、すでに深い眠りについていた。
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