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第19話
途端、染谷が脱力したように倒れ込み、真木を抱きしめたままソファに押し倒す。
「わ、わ! あの、染谷くん……」
「安心しました。やっと捕まえた……」
「う、うん。ごめんね、僕、こんなで……」
「……まぁ、職場のあの感じの真木さんと素の顔のギャップが凄すぎて、俺をどうしたいんだとは思いますけど」
「……うん?」
押し倒されたまま、頭をぐりぐりと肩に押し付けられ、真木はどうしようかと行き場のない手を彷徨わせていた。
抱きしめ返しても良いのだろうか。真木がそんなことをして、染谷に引かれないだろうか。色々と考えてはみたものの、一旦そっと背中に置いてみた。
すると、がばりと染谷が顔を上げる。
「わ! び、びっくりした」
「…………真木さん」
「は、はい」
「触っていいですか」
「え! 唐突、だね……?」
「正直、風呂上がりで部屋着の真木さんとかレアすぎて今も我慢してたんですけど、今俺を抱きしめたってことは合意ですよね?」
「……う、えっと、いいけど……僕本当に男の体だから触っても楽しくないし……あ、でも染谷くんを気持ち良くすることはできるから……」
ひとまずそうするかと、染谷のジャージに手をかけた真木の手は、染谷によってすぐに捕まえられてしまった。
「染谷くん?」
「そうじゃなくて。……はぁ。別に、俺は俺が気持ちよくなるためにあんたに触りたいわけじゃない」
「……だけど、染谷くんもメリットがないと……」
「あのさぁ……真木さんに触る時点で、結構メリットなんですけど」
つい先ほど告白をしたのだからそんな認識は当たり前だと思っていたのだが、真木はハッと瞠目すると、信じられないとでも言いたげに口元に手を置いた。
そうだった。真木千歳という男はとんでもなく臆病な男で、だからこそとんでもなく分厚い壁を作っていて、そしてとんでもなく自己肯定感が低い。思い出した染谷は深いため息を吐き出すと、真木の胸にぽすりと頭を置く。
「ほんとあんたどこまで……あー、まぁいいです。厄介なぐらい臆病になってんなら、俺が自信つけてあげます。行きましょう」
脱力したかと思えば、染谷は今度すんなりと起き上がる。ソファから立ち上がると同時、横たわっていた真木の手を引いたから、真木も強制的に立たされた。
「わ、待って、なに? どこに行くの?」
「寝室どこ?」
それの意味が分からないほど、真木はウブなつもりはない。だからこそ即答できなかったのだが、染谷は分かっていながら「どこですか」と続けて問いかける。
「……あ、あの……その、今日はしなくても良いんじゃないかな? ほら、移動が長くて疲れてるでしょう。今日は僕が染谷くんを気持ち良くするだけにして、また日を改めて……」
「ダメですよ。俺がちゃんとあんたで興奮するってこと教えておかないと、俺がいない間にあんたまた勝手に壁作るでしょ」
正直、真木には間違いなくそうなる自信がある。
そもそも、染谷が真木を好きというだけでも信じられないことなのだから、それ以上は高望みである。染谷の周りには綺麗な女性が多いのだし、わざわざ真木のような人間を選ぶわけがないと、真木は心底そう思えてならない。
だからこそ一人になればきっと「やっぱり距離を置いたほうがいいな」と自己完結して、真木は染谷から離れようとするだろう。
そんなことまで読まれているのかと、真木はなんだか気まずい気持ちになった。
「……教えないなら、探すけど」
いつまでも動こうとしない真木の手を引いて、染谷はリビングを仕切っていたすりガラスの引き戸を開けた。
「隣と同じ間取りなんで、だいたい分かりますしね」
その部屋には思った通り、奥にベッドが置かれていた。
真木が対抗するように軽く腕を引く。ちらりと横目に見下ろした染谷は、幾分優しい目をしていた。
「本気で嫌ならしませんよ。だけど少しでも俺のこと安心させたいと思ってくれるなら、したい」
「……染谷くんを安心させる? 不安に、なってるの?」
「そりゃそうでしょ。あんた一人にしたら勝手にどっか行きそうですし、連絡つかなくなりそうですし……自然消滅とか狙いそうです」
「うっ……あの、でも……」
「お願い、真木さん。臆病なのは分かるけど、今、どうしてもあんたが欲しい」
少しばかり考えるような間を置いた真木は、掴まれていた腕に手を重ね、覚悟したように寝室に入った。
「わ、分かった。ただ……あの、目隠しをしてくれないかな。僕の体を見て、後悔をしてほしくなくて……そんな顔をする染谷くんを見たくないんだ」
「…………俺はあんたの体、めちゃくちゃ見たいんですけど」
「じゃあ、できない」
我ながら面倒臭いとは思うが、真木にも譲れないことはある。真木をオカズにしたとはいえ、それでも男の体を目の当たりにして一気に冷めた、なんてよくある話だ。染谷がそうならないとも限らない。
いっそ最初から現実を教えてやれば真木も傷つかなくて済むかもしれないが。
(それでも、恋人になれたから……)
少しでも恋人という期間を味わいたくて、私欲のために乗り気にはなれなかった。
何かを考えていた染谷だったが、少しして「分かりました」とようやく言葉を返す。だから真木はすぐに、普段使っているアイマスクを渡した。
「ありがとう。ごめんね、わがままばかりで」
「いや、大丈夫ですよ」
にっこりと笑った染谷になんだかゾクリとしたものを感じたが、すぐに手を引かれたため意識が逸れた。
数歩でベッドにたどり着く。優しく押し倒された真木は「目隠しを」と訴えたが、綺麗に微笑んだ染谷は、なんと真木にアイマスクをつけた。
「へ? あれ、染谷くん……?」
「だってこのほうが良くないですか? あんたは俺の表情を見たくない、俺はあんたの全部が見たい、どっちの希望も叶いますよね」
「や、そうかもしれないけど……これじゃ染谷くんに僕の体が見えちゃって意味が……」
「だから、俺は見たいんですよ」
するりと、染谷の手が真木の腹を撫でる。
「ま! 待って! 本当に……!」
「あー、本当だ。案外固い」
部屋着を強引に胸元までたくし上げられたが、真木は染谷の言葉が気になって動けなかった。
今、どんな顔をして真木の体を見ているのだろうか。
案外固いと言った染谷は、きっと幻滅しているのだろう。自慰をしていたときにはきっと、こんな固さを想像していなかったに違いない。
顔を逸らし、次は何を言われるのかと震える真木は、堪えるようにぎゅうと拳を握りしめていた。
「おっぱいもないし」
胸元に、大きな手が触れる。
その手は真木の胸を撫でて、先端の突起に軽く触れた。
「だ、だから言ったでしょ、後悔するって……分かったならもう……」
震える手で自身を支え、なんとか起き上がろうとする真木だったが、強めに肩を押されてすぐにベッドに逆戻りした。
背中に柔らかな感触が触れると、落ち着かない気持ちも少しだけ和らぐ。真木が一人ほっと安堵の息を吐いてすぐ、次には真木のアイマスクがするりと外される。
「ま! 嫌だ! 外さないで!」
慌てて自身の顔に手を置いたが遅かった。染谷の大きな手が、真木からあっさりとアイマスクを奪った。
「やだって……」
「見て」
ぎゅうと頑なに目を閉じている真木の頬に触れ、染谷が笑う。その声があまりにも優しかったから、真木はつられるように目を開けた。
「俺、後悔してるように見える?」
「……見え、ない」
声と同じく、染谷の表情は柔らかく、優しい目で真木を見ていた。
「そんな不思議そうな顔しないでくださいよ。好きな人に触ってるんですから、後悔しないのなんか普通ですよ」
「……普通」
パチパチと何度も目を瞬き、じっと染谷を見上げる真木に、染谷は一度触れるだけのキスを落とす。
「まだ怖いですか」
「……怖くない、かも」
自分でもその感覚が不思議なのか、あまりにも小さなその声に、染谷は今度は苦笑を漏らす。そうして真木を上から抱きしめると、ゆっくりと顔を近づけた。
「好きですよ、真木さん」
触れ合った唇は何度も吸い付き、角度を変えて深くなる。最初は驚いて体を強張らせていた真木も次第に力が抜け、すっかりベッドに体を預けていた。
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