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第3話 せいこうの部屋

 ある時、俺たちが、しょぼくれてリビングにいくと、秘書の木村さんが、お茶を飲みながら、デーブルに書類を広げていた。  木村さんは、父の複数人いる秘書の中でも一番の若手で、俺たちに色々なことをよく話してくれる。 「こんにちは、坊ちゃんたち。今日はなんだか浮かない顔してるね」  特に俺の不貞腐れた顔を見て、そう言った。 「もう…ばあやに叱られたんだよ」 「ふむ…君たちが叱られるなんて、珍しいね」 「だって、いつもいつも同じことばっかり言ってはぐらかすから、今日こそ強行突破しようとしたら、見つかったんだよ」  兄の君彦は、おい、って俺の脇腹を肘でつついた。でも、その時の俺は止まらなかった。 「ばあやってば、坊ちゃんたちがそんなことをされたのを旦那様に知られたら、ばあやはここを辞めなければなりませんっ、て大袈裟に泣くんだよ」 「昭彦、もうやめろって」 「…だって」  木村さんは、クスッと笑った。 「君たちは、どんな冒険をしようとしたんだい?」  兄は、瞬間、木村さんからなら、うまく何か聞き出せるかも、と思ったみたいだった。 「木村さんは、知ってるかな…?離れの秘密」 「離れ?」 「そう、父さんの書斎の先にある部屋」  木村さんは、知っていたようだった。右側の眉毛だけ上げて、薄っすら笑ったのを、俺たちは見逃さなかった。 「ねぇ…知ってるのなら、教えてよ」  木村さんは、俺たちの顔を交互に見て、声を潜めた。 「いいかい?人に話すんじゃないよ…あの部屋はね…せいこうの部屋、といってね…君たちのお父さんのように、偉大な成功を収めた人しか入ってはいけない、神聖な部屋なんだよ」 「…せいこうの部屋?」 「そうだよ。この久郷家が繁栄しているのも、あの部屋があるからなんだ。悪戯で入って、もしバチが当たって、君たちが貧乏になったらどうする?」 「それは、いやだ」 「だろ?…だったら、ばあやさんを困らせてはいけないよ」    木村さんは、俺たちの顔を見ると優しく言った。 「君たちが、大人になって何らかの成功者になれば、自ずと入れるようになるよ…きっとね」  木村さんは、書類を片付けると、じゃあね、と言って、父の書斎へ続く廊下を歩いていった。 「ねぇ、お兄ちゃん…せいこうの部屋だって…俺、貧乏になるのはイヤだよ」 「昭彦、俺にいい考えがある。任せとけ」  それからしばらくは、俺たちは、ばあやが泣くようなことはしなかった。

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