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第5話 真相
数時間後の早朝、兄は俺の部屋に来た。
「昭彦。起きて」
「…なに?お兄ちゃん。眠いよ」
「ほら、ちゃんとパジャマに着替えないと、ばあやに見つかったらどうするんだよ」
俺は、自分の部屋に戻り緊張感も解けたことで、一気に眠気が押し寄せ、黒服のまま眠ってしまっていた。目を半分以上閉じた状態で、パジャマに着替えると、またベッドに潜り込んだ。そして兄は俺の部屋を出ていった。
それ以降、兄は離れの話しは全くしなくなった。俺も離れの前まで行けたことで満足していた。秘書の木村さんが言っていた、離れが神聖な部屋というのであれば、お祈りの声は理解できても、あの獣の唸り声は、しばらくは不思議に思っていた。兄にそのことを言っても、そうだな、と笑うだけだった。
それから数年が経ち、兄は高等部に、俺は中等部にそれぞれ進学した。
そして兄は、かねてから希望していた海外の高校に入学するため、八月半ばには渡航する予定だった。
夏休みになり、出発を目前に控えたある日、兄は俺の部屋にやって来た。互いに思春期に入ると、以前のようにふざけ合ったりすることはなくなったが、兄弟仲は良かった。
「なぁ、昭彦。少し、真剣な話しだ」
兄はそう言うと、いきなり、自慰行為の話しを始めた。
「お兄ちゃん…何なんだよ、いきなり」
俺は、呆気にとられた。
「だから、真面目な話しだ。男が抜くのは普通のことだ。俺は、ほぼ毎日だ。お前は、どのくらいのペースでやっているのか知らないけど…なぁ、想像してみてくれ。もし、自分が抜いているところを誰かに見られたらって」
俺は、眉間に皺を寄せた。
「そんなの、死んだ方がましだよ」
「だよな…俺もそうだ」
兄はしばらく黙った。俺にどう伝えるか、言葉を探しているようだった。
「だから、父さんも男なんだよ」
意外な言葉だった。
「父さんもさ、男だから、抜くことが必要なんだよ。わかるか?昭彦」
「…うん」
「父さんも、誰にも見られたくはないよな?」
「…そうだね」
「あの離れはさ…父さんのそういうための部屋なんだ」
「…そうなんだ」
「だから、そこには行っちゃダメだったんだよ」
「ばあやは、そのことを知ってたんだ」
「そう。だから俺たちを遠ざけた」
「でも、ずっと前にお兄ちゃんと一緒に行ってから興味もなくなって、それっきりだよね」
「うん…だから、俺が向こうに行った後、昭彦が一人でこっそり離れに行かないように、伝えておこうと思ってね」
俺は笑った。
「その話を聞かなくても行ってないと思うし、聞いても行こうとは思わないよ」
兄は安心した表情をした。そして笑った。
「大会社の社長をするっていうのは、俺たちには、想像もつかないストレスがあるんだろうな」
言われるまで気にもしていなかった離れの真相を聞いたところで、行く気もなく、父親に対しての気持ちも、今更変わるわけでもなく、どうでもいいことだった。
そして、何故、兄だけが離れの真相を知り得たのか、その時はまだわからなかった。
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