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第8話 初顔

 その男は、通いで屋敷にやって来ることになった。木村さんから、父のスケジュールを知らされると、それに合わせて、あの離れで待機をするらしい。そして、やることをやって、また帰っていく。  木村さんは一体どのツテを辿って、連れてきたのだろう。それなりに身体検査や身辺調査もしているだろうが、それよりも、彼がこの久郷宗彦の秘密を誰にも漏らさないのかが気になった。木村さんは、心配する俺に、秘密保持の誓約書も書かせておりますし、それに、話したことがバレた時はどうなるか理解して契約をしておりますから、と言った。彼の弱みでも掴んでいるのか、詳しくは訊かなかったが、彼は絶対に口外しない確信がありそうだった。  そして、母の手術は無事に終わり、二ヶ月後に退院の日を迎えた。  父は母の退院を心から喜んだが、母は複雑な心境だったらしい。退院したからといって、またすぐに父と以前のようにできるわけはなかった。母の気持ちとしては、久郷家のためと、父との性交を最優先でしてきたわけであるが、今回の入院は、夫の相手は自分でなくてもよいことを証明したようなものだった。  他所で子供ができてしまったら大変だと、珍案を受け入れたのは自分なのではあるが、契約したその男と、上手くいっているのであれば、そのまま契約を更新してもらえないか、と木村さんに訊ねたらしい。  そして、男との契約を更新し、母はお役御免となった。セックスレスになったとしても、夫婦仲が変わるわけでもなく、むしろ、母は今まで行きたくても行けなかった旅行をしたり、習い事を始めたり、毎日を楽しんでいるせいで、父との会話が増えたようにも思えた。  その男とは、約一年後、男自身が結婚をするということで、契約は終了した。父の相手をしたことで、結婚資金を貯めたのだろうか、詳しくは訊いていないと木村さんは言った。  そして、間を空けずに次の男が来ることになった。俺よりも年下の男だった。この春、大学に入学予定らしい。俺は四年生になる。同じ大学生だ。益々父親とどう接したらよいかわからなくなっていった。  その新しい男は営繕担当ではなく、学資支援を名目に屋敷に住み込ませて相手をさせるらしい。今回も木村さんが連れてきた。久郷家のかなり遠縁にあたる人物の孫で、片田舎で暮らしていたそうだ。    木村さんは今では複数いる社長秘書のなかでも、特異な存在になっていた。元々、秘書に必要なスキルである高いコミニュケーション力やビジネスマナーを備え持ち、それに問題解決力や機密保持力は抜群だった。公人と私人、両方の秘書となり、特に私人に関してはもはやマネージャーに近いものになっている。新たに、学資支援枠を作り、今度来ることになっている大学生の後続として、数名は控え要員を揃えているのではないかと想像してしまう。まさしくチームセイコウだ。  その男は、入学式を済ませた後、初めて屋敷にやって来た。彼の住み込み部屋は、あの離れになった。数日前に届けられた荷物は、既に家政婦たちが運び込んでいた。  木村さんに付き添われ、母と俺が居るリビングに入ってきた彼は、まだ少しあどけなさが残る純朴な田舎の高校生といった風采だった。 「奥様、昭彦さん、彼が今日からこのお屋敷でお世話になる上邑秀紀(うえむらひでのり)君です。先程、大学の入学式を済ませてきました」  母は彼を一瞥して、あらそう、と言うと、リビングを出ていった。母がそういう態度になるのも致し方ないと理解はできるが、俺は、挨拶だけはきちんとしておこうと思った。 「初めまして、次男の久郷昭彦です。この春から大学四年です」 「初めまして、僕は、上邑秀紀といいます…あの…どうぞよろしくお願いします」  彼は、おどおどとして、名前をいうのが精一杯な様子だった。本当に彼は父の相手が務まるのか、俺は甚だ首を傾げるのだった。

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