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第9話 離れ

 秀紀、離れでの最初の夜。  父はいつもより少し早めに帰って来たようだ。玄関傍の車寄せから、人の声と車のドアが閉まる音が聞こえた。  父は、早速今晩からでも秀紀に相手をさせるのだろう。そのために連れてきているのだから。とは言え、自分の息子とさほど変わらない年齢で、彼の見掛けからして絶対に童貞に違いない男を、何故、木村さんは選び、そして父も同意したのだろう。  排泄同様の行為ならば、もっとそれなりの手練の人物はいなかったのか。  それに、秀紀は、何故ここに来たのだろう。    この屋敷で何をするのか、木村さんと何回も面談のようなことをして、充分に説明を受けたはずだ。それでも、秀紀は自分の意思で父の道具になることを選んだ。俺の人生では絶対にあり得ない選択をした彼を、その時は、どうしても理解することができなかった。  父との接し方に困惑はしても、性交に関しては、相手が母であろうが。最初の営繕の男であろうが、大人になった今では何の感情も湧かない。  だが、何故か、秀紀だけは気に掛かった。    その日の深夜、俺の部屋の前の廊下を歩く足音が聞こえた。そして、コンコン、とドアをノックする音。 「昭彦、起きているか」  父だった。 「はい。起きています」  俺は、卒論作成ため、調査、執筆の大まかな予定を立てていた。デスクチェアを後ろに動かして立ち上がろうとした時 「…ああ、そのままでいい」  父は俺と顔を合わせたくは、なさそうだった。 「悪いが、今から離れにいって、秀紀の様子を見てやってくれないか」  秀紀の、様子だって…? 「わかりました。見に行きます」 「頼む…」  そして、父の足音は遠ざかっていった。今、ドアを開けて離れに行くと、屋敷のどこかで父と鉢合わせする可能性がある。俺はスマホを見て、父が自室で落ち着くまでの時間を考えた。  五分きっかり過ぎると、俺は自分の部屋を出た。  離れの前に着いてドアをノックした。中からの返事を待たずにドアを開けた。  部屋の中に入ると、思わず顔を顰めるくらい、あの匂いが鼻を突いた。父の吐精した匂い。  秀紀は驚いた顔をした。まさか、俺がここに来るなんて露ほども思っていなかったようだ。鼻に皺を寄せて顰めっ面をしている俺を、瞬きもせずにじっと見ていた。  天蓋付きのキングサイズのベッドの真ん中で、毛布に包まっている秀紀は、ズカズカと部屋に入って近寄ってくる俺を、次第に怯えた目で見始めた。その目に俺は無性にイラついて、力任せに毛布を引き剥がした。秀紀は、あっ、と声をあげて、毛布に手を伸ばしたが、俺はその毛布をベッドから離れた所に放り投げた。    秀紀は素っ裸だった。俺に陰部を見られないように三角座りをして、自分の膝を抱えて俯いた。色白で細い肢体。俺は無言で更に傍に寄ると、ベッドに片膝を着いて、秀紀の顎を掴んで顔を上げさせた。すると、三角座りの膝がバランスを崩して横に倒れ、一瞬尻が浮いた。その時シーツに赤い染みが見えた。紛れもなくそれは血だった。  一体、父は何をしてるんだ、と怒りにも似た感情が俺の中で沸き起こってきた。そして、もう一度、秀紀の顎を掴んで、その怯えた顔を見ると、両方の鼻の穴辺りに、鼻汁が乾いたような跡があった。  恐らく、尻の穴では上手くいかず、口淫にしたのだろうが、喉奥まで突っ込まれて咽せて精液が鼻から出てきたのだろう。この匂いといい、父は何回射精()ったのか。  久郷宗彦という男がトップに君臨し続けるには、こうまでしなければいけないのか。  秀紀は、イヤイヤをするように首を振って、掴んでいた俺の手を解いた。そしてその目が滲んできた。羞恥心で座に耐えられないのか。 「おい…そこでじっとしてろ。絶対動くんじゃないぞ。いいな」  父への言いようの無い怒りが、秀紀に対して攻撃的な言い方となってしまった。普通に言えばいいのに。  俺は一旦離れを出ると、洗面室に行った。そして湯を入れた洗面器と数本のタオルと、髭剃りで皮膚を切った時に付ける軟膏も一緒に持って、また離れに戻った。

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