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第5話
「あら、いらっしゃい」
引き戸を開けると、ちょうど入り口わきのレジにいたおばちゃんに声をかけられた。
馴染みの食堂は今日も混みあっている。昼はだいたい学食で済ませ、夜は大学からもほど近いこの食堂でいつもの定食を食べるのが常だ。
「タケちゃん、今日は一人?」
「うん」
「奥の二人がけが空いてる。いつものでいいわね」
「うん」
席につくと、追いかけるようにおばちゃんが水を持ってきた。
「ごはん大盛?」
「普通でいいよ」
「細いんだから、もっと食べなさいよ」
「食べてる食べてる」
まったくねえ、といつもの会話を繰り返しておばちゃんが去ってゆく。三上としてはいたって健康体のつもりなのだが、妙に心配されがちなのは、持ち前のやる気のなさそうな顔つきが不健康そうに見えるからだろうか、と思わないでもない。
ポケットから煙草を取り出して、テーブルの上の灰皿を引き寄せる。ライターで火をつけてから、イスの上に片膝を立てた。
そういえば、と思い出す。
ナオと来たときもこの席だったっけ。
一番最初の賭けのときだ。一教科でもいいからテストで百点とれたらメシに連れてく、という約束だった。それで、この行きつけの食堂に連れてきた。外装はぼろいし店内は狭くてごちゃごちゃしている。ただ、安くてうまいし、メニューはやたらと多くて、この雑多でとりとめのない感じが三上は気に入っていた。
あのときもナオは、終始嬉しそうにしていた。メシをおごってもらえるからでも、しょうが焼き定食がうまかったからでも、初めてきた定食屋にテンションが上がったからでもなく、たぶん三上と一緒にいられるのが嬉しかったのに違いなかった。さすがにそれがわからないほど三上は鈍感でもない。ただまあ、キスとかしたがるほど本気だとも思っていなかった。
一緒にいられるだけで嬉しい、か。
そんなふうに人を好きになったことが、はたしてあっただろうか、と三上は、目の前を立ち上ってゆく白い煙をぼんやり眺めながら思う。
考えてみればいつでも、相手から求められるままだった。別に誰でもいいというわけではなかった。ただ、せっかく好いていてくれるのだから、と思ってたいていは断らなかった。
ナオは、今までのどの相手より熱心だ。なにより、計算というものがない。ひたすらまっすぐだ。直情的に気持ちをぶつけてくるし、わかりやすく落胆する。そういう明快さは三上の好むところだ。
でもさすがに、男はなあ。
細く吐き出した煙で視界が白くなる。
それにまあ、彼女いるし。
でも、じゃあ。
もしナオが男じゃなくて、もし今自分に彼女がいなかったら。
ナオと、どうこうなるのだろうか。
可能性という意味で考えようとしたけれど、いやでも、と思い直した。
女だとしても中三はやばいよな。
「はいおまたせ。しょうが焼き」
どん、と盆を置かれ、三上は煙草を灰皿に押しつけて消した。
「あれ、おばちゃんこれ」
ごはんがしっかり大盛になっている。
「食えねえって」
「食える食える」
他人事のように言ってあわただしく去ってゆくおばちゃんを見送り、とりあえず三上は大口でごはんを口に運んだ。
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