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第11話
遠く水平線までずっと、白波が立っている。
空はよく晴れていたが、風が強かった。ともすれば、煽られてよろけそうなほどだ。
砂浜を歩く三上の少し前を、ナオが歩いている。もう、全然チビじゃない。肩幅もしっかりしてきて、成長という二文字が形になって歩いているようだとぼんやり思う。
ナオは、ちゃんと合格していた。大丈夫だろうとは思っていたけれど、実際にナオの受験番号を自分の目で確認するまで三上は、気が気ではなかった。
三上より少し遅れて到着したナオは、三上を見て目を丸くしていた。
「なんでいるの」
「おまえの母ちゃんに聞いたんだよ。俺が知らないのビックリしてたぜ」
軽く肩をすくめてへら、と笑うナオに、三上は憮然とした顔を向ける。
「……なんで言わねえんだよ」
「だってさ」
「だって?」
「賭けになんないだろ?」
まったくもって、話にならない。がまんできずに三上はナオの頭をはたいてやった。
「あほう。人生がかかってんだぞ。こんなことにバクチ打ってどうすんだよ」
「あ、どうだった、おれ」
「行って自分で見てこい」
少し浮ついた様子でナオは駆けていき、満面の笑顔で戻ってきた。つられて三上も相好を崩し、らしくなくハイタッチなんかしてしまった。
それで、約束どおり海に来ているのだった。
光井から借りた車で三上が迎えに行ったときから、ナオは始終はしゃいでいた。地獄のような受験勉強から解放されたからか、顔つきが全然違う。いつもどこかにあった切羽詰まった感じが消えている。
と、いうより。
これまではずっと、なんというか、がっつくような、迫ってくるような雰囲気があったのに、それがひどく落ち着いている。ように、三上には見えた。なんだかやたら、穏やかだ。
「な」
呼びかけると、ナオは足を止めて振り向いた。
「え?」
「なんで海だったの」
別に、光井の言葉を思い出したわけではなかったが、最後だし、本当は自分と何か、どうこうなりたいとか、そういう思惑があるのだろうか、とふと思ったのだ。
ナオは、穏やかな笑みで前に言ったのと同じことを繰り返した。
「ただの思い出づくりだよ」
「思い出」
「うん。海だと、絵になるだろ」
「絵にねえ。何、おまえ、俺のこと忘れるつもりでここにきたの」
「忘れなくてもいいの?」
そう言ったナオの口調は、軽やかなものだった。深刻さは微塵もない。
「ま、期待持たせるようなことは言えねえよな。俺、そんな人でなしじゃないから」
軽口を返しながら三上は少し、戸惑っていた。それから、どうして戸惑っているんだろうと思う。ナオが、変なことを訊くからだ。
忘れなくてもいいのか、なんて。
それは裏を返せば、忘れるつもりだということだ。
いや、別にそれはそれでいいのである。別にゲイではないとナオは言っていたし。自分のことなどさっさと忘れて、女の子と恋愛したほうがいいに決まってる。そう、そうに決まっている。
ナオの隣に並ぶと、三上はあまり認めたくなかった嫌な現実を認めないわけにはいかなくなった。
「背、のびたな、おまえ」
「たぶんもう、先生より高いよ」
「ちぇ。気にくわねえの」
「ね、手つないでいい?」
唐突にナオは言い、三上は呆れた。
「おまえバカじゃねえの? 男どうしでそんなことしてたら変な目で見られるに決まってんだろ」
「いいじゃん、人なんていないのに」
「おまえ、大胆だなーけっこう」
三上はナオを追い抜いて前に出た。波打ち際の砂はしっとりと水分を含んでいて、踏むと足跡が残った。後ろには二人分の足跡が続いているんだろう。確かめてみたくなったが、三上は振り返らなかった。ナオの顔を見ると、手を差し出してしまいそうな気がしたからだ。
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