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第14話
用事は、あるにはあった。
大事な用事かと問われれば、必ずしもそうとはいえない。でもそういうところが、冷たいと言われる所以なのかもしれない。
昨夜、急に律から会いたいと連絡が来たのだった。
できれば直接会って話したいのだけれど、明日の晩しか空いていないから無理なら別にかまわない。というような、強引なんだか控えめなんだかわからない誘いだった。
でも律とは結局ちゃんと話をしていなかったから、さすがに断るのもためらわれた。まあ夜ならば、ナオとの外出からも戻っているだろう。そう思って、了承していたのだ。
ロビーへ出て、いくつか並んだソファセットの一番窓側に腰を下ろした。ガラスの向こうはうなりを上げる風にたたきつけられた雨のしぶきでほとんど何も見えない。スマホを操作して、律の名前を表示する。
「悪い、今日行けなくなった。ちょっと帰れなくなっちまって」
開口一番、三上は言った。もちろん嘘ではない。ただ少し、申しわけなさは足りなかったかもしれない。
律の返答も、意外とあっさりしていた。
『……そっか。いいよ、電話でも。ちゃんと会って言おうかなって思ってただけだから』
「夜には帰れる予定だったんだけど、なんか土砂崩れで道がふさがっちまって。嘘じゃないぜ」
ふ、と、電話の向こうで律が笑ったような気配がした。
『嘘だなんて思ってないよ。三上くん、そんな嘘つかないでしょ』
「……まあな」
あたしね、と律は言った。
『留学することにしたんだ。ずっと前から考えてたんだけど、三上くんと一緒にいたかったから迷ってて。でもようやく決心できた。それでね、明日、出発なの』
「……そうか」
『あたしたち、別れるってことでいいんだよね?』
こういうことを、いつも向こうに言わせてきたな、と思う。これじゃ、ひどい奴だと光井に言われるのもしょうがない。
三上に今できるのは、自分の気持ちに正直になることだけだ。
「……ああ」
『良かった。あたしもう、留学先に一緒に行く人がいるのよね。一緒に行こうって前から言われてて』
強がりなのかどうかは判別できなかった。ただ、本当であってくれればいい、と思う。
「そうか」
『だから、三上くんもあたしには遠慮せずに、好きな子のところに行ってね』
「は?」
『あ、もうつき合ったりとかしてる?』
突然、何の話をしているのだろう。
「してねえ。つうか、そんなやついねえよ」
『あれ? 他に誰か好きな子がいるんだと思ってたんだけど』
確信を持っているような言いようだった。
「……いねえし。そんなの」
『そっか。じゃ、今度こそ三上くんがちゃんと好きになれる人を見つけてね』
何だよそれ。
三上は思わずうなだれる。
「律、ごめんな」
『……悪いことしたなって思ってくれたんだったら嬉しい。でも、お互いさまだよね。あたしも謝らなくちゃ』
「いや、律は全然悪くねえよ」
ふふ、と今度こそ、はっきり笑い声がした。
『三上くん、一緒にいてくれてありがとう。元気でね』
「律も。気をつけて行ってこいよな」
『うん。じゃあね』
「おう」
電話を切ると、天井の辺りでかすかに流れる音楽が耳に入ってくる。外はさっきまでと何一つ変わらない嵐。
三上は、何か荷物を下ろしたみたいにすっきりしていた。律が、荷物だったわけではもちろんない。どちらかといえば、律が下ろしてくれたようなものだ。
スマホをポケットに入れながら立ち上がり、フロントへ向かう。
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