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第18話 ※
それなりに覚悟を持って臨んだつもりだったが、早々に三上は後悔した。
思っていたのと、違ったのである。
当たり前だが、三上は抱かれるというのが初めてだ。
でも抱く側になったことは何度もある。だから、どういうふうに進んでいくのかも承知している。はずだった。
失念していたのは、ナオはそんな経験がない、つまり、そんなことは知らないということだった。
何かにつけ素直はナオは、自分のしたいことを、したいようにした。
それは非常にナオらしく、自由で細やかで丹念で、優しかった。初めのうちこそ少々緊張していた三上だったが、そのうち戸惑い始めた。
なにしろナオが、しつこいのである。
上から順に、くまなく、唇を這わせてゆく。顎の下に始まって、首、肩、胸元からわき腹、二の腕、肘。吸いついたり食んだり、舐めたり。三上は、そんなやり方をしない。そんな、できるだけ長くこの幸福を味わおうとするような、じっくりとしたやり方を。
そのつたない、もどかしい愛撫は、やがてくすぐったさを超えて違う感覚を抱かせる。
ちょっと待て、と三上は思う。
こんな予定じゃ、いや、予定なんてものはなかったのだったが、こんなふうに体温を上げられるとは思っていなかった。男どうしって、突っ込んで終わりではないのか。
シャツは早々にはぎとられていて、途中ナオがズボンに手をかけてきたのでさすがにそれは自分で脱いだ。だからナオがひとしきり三上の外側をあまさず探索して、背中側からそれまで触れずにいた股間に手を伸ばしてきたとき、思わず手首をとって遮った。
恥ずかしかったからだ。固くなっているのが知れて。
とはいえ、いつまでもその手を止めておくわけにもいかない。
三上が力を緩めると、ナオは遮られた動きをそのまま再開したというような滑らかさで、何の躊躇もなく三上のそれを握りこんだ。
かたちを確認するように、ゆっくりと手を上下させる。
くっそ。ナオのくせに。
唇は休まず三上の肩や背をたどっており、いつのまにかあちこちが敏感になっている三上はその反応が呼吸に表れそうで、逃げるように身をよじった。あいにく大事なものをナオに握られているせいで、上半身しかうつ伏せにできない。
いまいましいことに、ナオの手の中で三上のそれはさらに硬度を増し、脈動を強くする。
「先生」
ナオが呼ぶ。扱きながら話しかけるなと思う。
「先生」
また呼ぶ。三上はなんとか呼吸を整える。
「…………んだよ」
「好き」
ずくん、と下半身が震えて、三上は大きく息をつく。うつ伏せているおかげで顔を見られずに済んだ。さっきからずっと、乱れそうになる呼吸を押し殺している。
ふいに、ナオの手が後方へ移動した。
「う」
触れられて、思わず声が出る。そして思い出す。そうだ、セックスってそういうものだった。
「あ、大丈夫?」
「何……してんの」
たどりついた指は、まだ固く閉じたそこを押したりさすったりしている。
「だって、ここに入れんだろ? 慣らしとかないと痛いんじゃない?」
「……いいよ、別に」
「よくないよ。痛いのって最悪だろ」
そう言って、なおもその周辺をやわやわともみほぐすようにする。そんな、自分でも進んで触れたりしないようなところをさわられるのはどうもむず痒く、知らず逃れるように動いた腰をナオに押さえられる。
「うー」
「先生が痛いの、やだよ、おれ」
しばらくしてナオは、何かを思いついたようにそうだ、と手を止めた。
「ちょっと待ってて」
そう言ってベッドを下りてゆく。すぐ近くにあった体温が消えて、背中がすうっとした。
――初めての女の子が痛いっていうのはね。
比百合の声が蘇る。
――全然濡れてないうちからバカな男が突っこもうとするからなの。
そりゃ、痛くないにこしたことはないけど。でもどんなにさわっても、三上は女じゃないからそこが自然と濡れることはけしてない。
――優しくさわってね。丁寧にしないと痛いんだよ。
ナオは、ひどく優しい。そして、誰に言われたわけでもないだろうに、とても丁寧だ。
ベッドがきしんで、ナオがさっきまでと同じような体勢で三上の後ろに戻ってきた。そして何かカサカサと音をたて、かと思うと突然後方に、冷たくぬるりとした感覚がして三上は思わず振り返った。
「何」
ナオは手にしていた小さなアルミの包みをかざして見せた。
「なんか、保湿クリームとかいうやつ。ちょっとは楽なんじゃないかな」
「……よく知ってんな」
「予習してたから。万が一のときのために」
「予習なんかすんのかよ」
「だっておれ、初めてだしさ。先生だって予習くらいしただろ」
「予習なあ」
そんなものはもちろん、しなかった。するヒマなんかなかった。
「初めてんときは、全部向こうがリードしてたな」
ふうん、と少々不機嫌そうな声がして、またクリームを塗りこんだそこをやわやわとほぐし始める。先ほどまでとは違って滑りがよく、むず痒さは幾分やわらいだ。ようやく少し、体の力が抜ける。
その瞬間を狙っていたみたいに、ナオの指がするりと三上の中に滑りこんできた。
「い」
「痛い?」
「……いや」
痛くは、ない。
ナオが取ってきたクリームのおかげで、すべりは非常に良好だ。
ただ、異物感は否めない。普段は出てゆく専門のところに入ってきているのだから、どうしても出ていってほしくなる。そんなことにはもちろん構うことなく、ナオは小気味良く指を滑らせる。自然、三上は逃げるように身をよじる。
「やっぱり痛い?」
「痛くねえけど、気持ち悪い。さっさとしろ」
するすると出入りする指の感触からなるべく早く解放されたい。けれどもナオは容赦ない。三上の腰を押さえこんで、執拗に繰り返す。
前後に動かしていただけの指がぐるりと内壁をなぞったとき、三上は思わず首をのけ反らせた。電気が走るみたいに、下から何かが駆け上がってきたからだ。
何だ今の。
いっそう奥へと深く入ってきた指は、ちっともあわてることなくゆっくり丹念に辺りをほぐしてゆく。
気持ち悪い、とさっきは言ったのだったが、指の本数が一本また一本と増えてゆくにつれて徐々にその感覚にも慣れ、ときおり唐突に先ほどのようなうねりが押しよせて、いつしか三上の思考はそこをうごめく異物の感触で埋め尽くされていた。
何だこれ。何だよこれ。
息が、上がりそうになる。
こんなことってあんのかよ。
初めてで、こんな。気持ちいいとか。
「もう大丈夫かな」
ナオの言葉に三上はそっと息をつく。
「……いいよ、入れろよ」
なんというか、さっさと終わらせてしまいたかった。
これ以上、変な感じに、なってしまう前に。
うつ伏せのままでも良かったのに、ナオに仰向けにひっくり返されて脚を開かれた。でもそんなことはもうどうでもいい。早く終わらせたい。そうじゃないと。
「力、抜いてよ」
さんざんほぐされたそこに、服を脱ぎ捨てたナオの熱く硬化した先端が押しあてられる。いよいよだと思うと少々、体が強張った。
「……わかって、る……って」
そうは言ったものの、そううまくはいかない。ナオはことさら慎重に、恐ろしくゆっくり入ってこようとしている。三上は強張りを解消しようと、深く大きく息をする。
「痛くない?」
「……待て。力入れると、さけそう」
「え」
指数本分では、とても足りなかった。受け入れているそこの皮膚が、限界まで張りつめている。あの少量のクリームごときでは、この容量を滑らせることはできないようだった。
ただ、だからといってここでやめさせるわけにいかない。やめてくれなんて言えないし、言いたくない。ナオも止まるつもりはないようで、少しずつではあるが腰を進めてくる。ナオが動くたび、痛みに身をよじりそうになる。力を入れるまいと、呼吸にばかり意識を向ける。
こんなの、本当に入るのかよ。
「……まだ?」
そう訊いた直後、ぐっと強く押しこまれた。
息が、止まる。
「入った、全部」
「……そ。……」
体の力が抜けて、そんなつもりはなかったのに全身が固くなっていたことに気づいた。
そうか。全部入ったのか。
全部。
入ってんのか。
それは、言われなくても下腹部のとてつもない圧迫感でわかる。
「先生?」
「ばっ……、動くな」
「……だって、動かないと」
ナオが困ったように眉を下げる。
「あ……そか」
「いい? 動いても」
「……しょうがねえよ。そういうもんだし。っつーか……」
「ん?」
「……なんでもない。さっさとしろよ」
ちゃんと目で見て確認したわけではないが、あんなにクリームですべりを良くしたというのにこんなにキツキツなんてことは、ナオのそれは結構デカいのではないか。そう思ったけれど、言わずにおいた。
かすかに引いて、そっと進む。ひきつれるような痛みを必死にこらえる。またじわりと引いて、じわりと進む。そんな亀の歩みのような抜き差しを、ナオは忍耐強く続けた。本当はもっと、性急に動きたいだろうに。自分の快楽だけを追い求めるならば。
優しすぎて涙が出そうだ。
おかげで、三上は徐々に痛みに慣れてきた。その気配を察したのか、そのうちナオはどんどん振り幅を大きくしてきた。
「先生? 大丈夫?」
「……うー」
そうとしか答えられなかったのは、苦しかったわけでも辛かったわけでもない。
やばかったからだ。
思考がうまく働かない。ナオがまた腰を使い始める。
なんだこれ。なんだこれ。
内部がこすれるたび、息が荒くなる。何かのはずみに衝撃が駆け巡って、体が跳ねそうになる。とっさに顔を隠そうとした手を、ナオに引き戻された。
ちきしょう。ナオのくせに。
こんな、変な感じにしやがって。
こっち側の気持ちよさなんて、想像もできなかった。抱くのとは全然違う。
今まで抱いていた女たちも、こんな感じだったんだろうか。いや。
途切れそうになる意識の中で、三上は思う。
たぶん、違う。
こんなにイイのはきっと、ナオだからだ。
ナオが、優しいからだ。
「先生?」
「……」
「先生」
「……何」
「おれ、もう死んでもいい」
「……ば、……―か」
「先生」
奥深くに入ったまま、ナオは動きを止めた。かがみこんで三上の胸に、それから首筋に唇を落とす。かと思うと唐突に、三上を抱き起した。急に体勢を変えられて、その刺激にまた体が反応しそうになる。
「……なんだよ、もう」
重ねた枕に背に、ガラス窓にもたれさせられる。三上は観念したように力を抜いた。もう十分に熱くなった体がもどかしくてたまらない。早くどうにかしてほしいと思う。
「……そういえば先生、彼女いたっけ」
不意に、という顔で、ナオは言った。
なんで今、そんなこと。
「……いたな」
「いいの?」
「何が」
「だから、こういうの」
言いながら、軽く突き上げてくる。
くっそ。
ぐっと目を閉じてこらえる。
「こういうの、浮気になるんじゃないの?」
「……ならねえ」
「え?」
「……別れた」
「ッ、いつ」
「さっき……」
「さっきって、電話?」
「……そ」
「今晩の用事って、それだったの?」
矢継ぎ早に訊いてくる。三上はだんだん面倒くさくなる。そんなことより。
「え、もしかしておれのため」
「ちがう。会って、なかったし。……他のやつ、いる、みたいだし」
少しでも動くと、つながっている部分からダイレクトに快感が襲ってくる。それなのにナオは、体を寄せてきて唇を重ねた。深く合わせて、舌を絡めてくる。今そんなことをされるともう、完全にだめだ。いろんなところが、うずいてくる。前も、後ろも。
「先生ってさ」
「……んー」
「おれのこと好きなの?」
訊かれても、頭がさっぱり回らない。
「……好きとか、わかんねえって……言ったろ」
「でも、好きなんじゃないの? やっぱ」
そう言って肩に頭をもたせかけてくる。
こっちの状況も知らねえで、余裕ぶっこきやがって。
「いいから、……やく」
「え?」
「……早く、イカせろ」
低く押し殺したような三上の声に、ナオは一瞬で背筋を伸ばした。
「ッ、はい」
三上の中に入っているものが、ぐっと圧力を増した。
元のように体を横たえられると、探るようにナオは動き始めた。張りつめ具合からしてナオのほうもいっぱいいっぱいのはずだったが、そんなときでもナオは三上の体を気づかってか慎重だった。様子を見ながら徐々に動きを早くする。その合間に三上の中心に猛ったものを、もっと激しくしろとでも言いたくなるほど丁寧に扱い、高めていく。
ああ。
三上は思う。
俺も。
体温がどんどん上昇してゆく。
体中が思いもよらない何かに支配されてるみたいだった。
ナオが、すぐ近くに感じる。
息づかい、汗ばんだ肌の熱さ。
三上を追いつめてゆく手の動きと、中のもの。そのすべて。
こんなふうに。俺も。
のぼせた意識の中で、三上は思う
優しくなりたい。
ほどなくして、三上が達したのを追うように、ナオも果てた。
倒れこんだ顔がすぐ目の前にあって、唇を合わせたのがどちらからだったかは、後になっても思い出せなかった。
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