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第2話

 地下アイドルは忙しい。  平日は歌やダンスのレッスン、土日はライブやイベントを同じ日に掛け持ちすることもある。貧乏暇なしと言われる通り葉月たちは毎日忙しく飛び回っていた。  それだけ働いてもアイドルだけでは食っていけず、アルバイトをしなければ生活できない。  まずはメンバーの人となりを知ろうとスタジオに集めて話し合いをしていた。  「葉月はなんのバイトをしてるんだ?」  「俺はコンビニと居酒屋と単発で引っ越し業者です!」  「多いな」  「どれも楽しいですよ」  葉月は今年二十二歳になるフリーターで平日はバイトを詰め込んでいるらしい。  「爽は?」  「僕は元ホストで売上げもよかったから生活費は困ってないよ。投資もしてるし」  「結構しっかりしてるんだな」  「どういう意味?」  じとりと睨みつけられ、苦笑した。この気の強さは嫌いじゃない。葉月と同じ二十二歳とのことだ。  「俺はスポーツトレーナー」  「確かにガタイいい」  銀太は上腕二頭筋や胸筋が逞しく隆起しており、腹筋も六つに割れている。アイドルというよりトレーナーの方がしっくりくる。昴よりも年上な二十七歳には驚いた。  「俺たちのこと理解してくれました?」  「だいたい」  昴がメモを取っている横で葉月はにんまりと口角を上げた。  アイドルは容姿が重視されるが、プラスアルファとして性格や趣味、実益などの個性もいる。武器は持っている方が戦えるが、だからといって抱えきれないほど持っていても仕方がない。その取捨選択も必要になる。  ノートに書いた三人のプロフィールを眺めていると銀太が立ち上がった。  「そろそろ仕事だ」  「じゃあ僕も部屋に戻ろう」  「えっ、練習は?」  「今日はそんな気分じゃない」  「また今度な」  「おい!」  静止も聞かず、二人はそそくさとスタジオを出て行ってしまった。  あいた口が塞がらない。どういうことだ。なぜ練習をしない。そのために今日はこの時間を空けたのではないか。  言えなかった言葉がぐるぐると体内を駆け巡り、吐き出すように「なんだよ」とこぼれた。  「いつもこんな感じだから気にしないで」  「いつもって」  「爽はボイトレはするけどダンスの練習はほとんどやらないよ。銀太は筋肉が傷つくからとダンスは動画見て憶えて、歌も鼻歌程度かな」  「そんな適当なのか?」  でもその程度の練習でもあれだけ素晴らしいパフォーマンスができるのだ。伸びしろを感じる。  「二人とも俺と違って本気でアイドルになりたいってわけじゃないんですよね」  「葉月はどうしてアイドルやりたいって思ったんだ?」  ちらりとこちらを見たが葉月はすぐに正面に視線を戻した。  「……憧れてる人がいて。その人に近づきたかったから」  「その人はいまもアイドルをやってるのか?」  曖昧に笑う葉月は眉をハの字にさせた。言いたくないのだろう。どことなく寂しそうな表情をしているのも引っかかったが深くは突っ込まない方がいいと判断した。  「とりあえず二人でも練習するか」  「そうだね」  携帯からスピーカーに繋げて音楽を流すと葉月は踊り始めた。  やはり花がある。  ダンスがうまい人はたくさんいる。そのなかで頭一つ分秀でるためにはオーラが必要だ。  背が高くて目立つのはもちろん、手足が長いと広く身体が使えて領域が増える。それだけでも目がいく。音楽に合わせた表情管理も完璧だ。  デビュー曲を踊り終わったあとも葉月は汗一つ浮かんでいない。まだ実力すべてを出し切っていないのは明白だ。  「それだけダンスがうまいのに、どうしてこの事務所に入ったんだ?」  「他の事務所にも応募したけど落ちまくってもうアイドル目指すの辞めようかなってときに社長にスカウトしてもらえた」  「え、そうなの?」  これだけの実力があるのに他の事務所の奴は見る目がない。だがそのお陰でこうしてマネジメントをできることには感謝してやろう。  「だからいっそ売れてやろうって?」  「もちろん!」  力強くこぶしを振り上げた葉月は一切の迷いがなかった。  葉月のダンス、爽の歌、銀太の存在感は日本中に旋風を巻き起こせる。  ーーこいつらの才能を認めさせたい  こんなところで埋もれていい才能ではないはずだ。ふつふつとマグマみたいなやる気が燃え上がる。  こぶしを降ろした葉月は昴と視線を合わせるように腰を曲げた。  「昴さんってチェリッシュにいましたよね?」  「……この事務所は素性調査するのが好きなんだな」  「社長ほどじゃないけどアイドル好きだからね。チェリッシュってすごい人気だったじゃないですか」  「まあな」  高校生のときの一時だけ、地下アイドルをやっていた。ライブをやればチケットは即完売、グッズも即売れでメジャーデビューも間近だと言われていたが、昴がすべて壊したのだ。  「一回だけライブ見に行ったことあるです。パフォーマンスすごかった。神がかってました」  そのときのことを思い出しているのか葉月はうっとりと目を細めている。  確かに歌もダンスも実力はあった。メンバーそれぞれの個性も光り、チームワークもよかった。  けれど世間のイメージはそれじゃないだろう。  「じゃあスポンサーと寝てたってことも知ってるんだろ」  「それは、まぁ」  「週刊誌に書かれてたことは事実だよ。俺が全部勝手にやってすべて壊したんだ」  スポンサーやライブハウスの店長、他のアイドルのマネージャーと寝て、自分たちが有利になるように仕向けていた。  それを同じグループのメンバーに売られ、昴のアイドル人生は終わった。イメージ払拭ができずにチェリッシュも後を追うように解散してしまったのだ。  「やっぱそんな奴がマネージャーなんて嫌だよな」  「そんなことないです! 昴さんにはたくさんのことを教えてもらいたいです」  「俺と寝たいってこと?」  葉月の細い顎に手をかけるとむっと唇を尖らせた。  「俺はそんな安い男じゃない」  飾り気のない言葉はすとんと胸を刺した。  いままで自分の周りにいた人間は、お互いを利用して甘い蜜を吸う関係性だった。花と蝶のような利便性しかない。  そんな薄皮一枚のような関係だから、スキャンダルが出て追放されても誰も昴の身を案じてくれる人はいなかった。  でも葉月は昴を利用したくないと言う。そんな男は初めてで無意識に舌なめずりをした。  (面白い。ますます上へのぼらせたくなる)  「俺もガキには興味ねぇよ」  デコピンを食らわせると思いの外強かったらしく、葉月は痛いと涙目を浮かべていた。

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