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第3話
「なんかいまいちだったね」
爽の言葉に他二人も曖昧に頷いた。
デビューの路上ライブがそれなりに成功をおさめてしまったせいで次のライブが散々な結果だった。
人気地下アイドルとの対バンライブはさすがにこちらの分が悪い。客はほとんど相手のグループばかりでパフォーマンス中でもペンライトすら振ってもらえず、ただ無反応な客を前に踊らなればならない。
熱量を返してもらえないと場が盛り上がらないし、葉月たちの気分も乗らなくなる。
アウェーな状況をひっくり返すぐらいの度胸を見せて欲しかったが、デビューしたての葉月たちは出鼻を挫かれてしまったのだろう。
でもまだこんなの序の口だ。いてくれただけやさしさがある。
酷いときは推しのライブが終わると帰ってしまい、無観客の会場でライブをすることもある。
まだまだこんなもんじゃないと言ってやりたいがぐっと堪えた。いまは発破をかけるときではない。
汗を拭った爽はその場に座り込んでしまった。
「もっと女の子たちにちやほやされると思ったのに」
「しょうがないだろ。まだデビューしたてで知名度もないし」
「……これならホストやってたときの方がよかったなぁ」
投げやりな言葉の爽はそのまま項垂れてしまった。
爽は生粋の女好きで、ホストとは違った歓声を浴びたいからという理由でアイドルになった。その動機も不純だし、練習もやらないなら結果がついてくるわけがないとしか言えない。
だがそんな正論を向けても爽が持ち直すとは思えなかった。
メンバーの精神面をサポートするのもマネージャーの仕事だ。でもどうやって持ち直させればいいのだろうか。気の利いた言葉が浮かばない。
静観していた銀太が爽の隣にしゃがんだ。
「そんなこと言ったら巻き込まれた俺はどうなる」
「おまえが勝手についてきただけじゃん」
銀太を睨みつける爽は眦を吊り上げた。
爽はホスト時代から銀太が働くジムの利用者だったらしい。ホストを辞めてアイドルになると爽が言って、銀太はついてきたのだと葉月にこっそりと教えてもらった。
この二人は揃いも揃って動機がグミのように柔らかい。
そんななか、一人だけ真摯にアイドルと向き合っている葉月は寂しい状態だろう。
グループで活動するならメンバー運も大事だ。お互い切磋琢磨できるような関係なら相乗効果で上にあがれるのに。
着替えを済ませ、もう一つのグループに挨拶に行くと見知った顔を見つけた。相手も昴を見てずれた眼鏡を直している。
「お久しぶりです」
「もしかして……谷河くん?」
「お元気そうでなによりです」
まるで幽霊にでも遭遇したかのように鎌田は顔を青白くさせた。あのスキャンダルは業界内で知らない人はいないほど有名な話だ。
それに当時は鎌田も関係を持っていた一人だ。「俺のことはバラすなよ」とメッセージがきて以来、音信不通となっていた。
そんな苦い思い出はおくびにも出さず、笑顔を貼りつける。
「もしかして鎌田さんが手がけているグループだっんですか?」
「いや、うちの事務所の新人。ちゃんとやってるか見に来たの。そっちは?」
「いまマネージャーをやってるんです。ホットスプラッシュです。ほら、挨拶して」
葉月たちを促し、頭を下げさせた。
「鎌田さんはグットナイト少女組をヒットさせたプロデューサーだよ」
「グットナイトってまさか……あの?」
葉月が目を丸くしていると爽たちも同じように驚いている。アイドルを知らない人でも有名なグループだ。
CMソングやドラマ、アニメの主題歌までを総なめした伝説的グループ。
セカンドシングル「きみが吐いた嘘には花がある」は鎌田が作詞作曲を手掛け、ミリオンセラーになりギネスにも登録されている。
「さすが鎌田さんのとこですね。歌もダンスも足元にも及びませんでした。これから勉強させてください」
にこにこと愛想よくしつつ鎌田の動向を注意深く探った。相手もそれを察しているのか無精ひげの下はにやりと笑っている。
「谷河くんがマネージャーなんて意外だけどいいグループだったね。これからまたライブがかぶったらよろしく」
「はい。よろしくお願いします」
鎌田と握手を交わして葉月たちを連れて控室を出た。久しぶりの感覚に手に汗をかいている。ズボンで拭っていると葉月が前に出てこちらに振り返った。
「鎌田さんと知り合いなんですか?」
「昔、ちょっとお世話になったから」
なにが、とは言わないが葉月は察してしまったのだろう。途端に表情が曇ってしまう。
「葉月が思うようなことはしてないよ」
「本当?」
「もちろん」
笑顔を貼りつけて嘘を吐く。まるでミリオンになった曲名みたいだ。でも本当のことを言えば葉月は気に病むだろう。最悪止められるかもしれない。
自分の利用価値くらいちゃんと認識している。
鎌田は誰もがプロデュースをしてもらいと渇望しているアイドル界の神だ。
だがその裏は鎌田と肉体関係を持たないと推しては貰えない。何人もの若い男女と関係を持っていると聞く。
正直いけ好かない奴だが利用価値はある。これを使わない手はない。
葉月たちの誰かが関係を持たせれば売れるだろう。だがそんな泥水を浴びるような真似を葉月たちにさせるわけにはいかない。
泥をかぶるなら自分だけで充分だ。
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