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第4話

 「久しぶりだね」  「鎌田さんは薄情な人だから俺が落ちたら見向きをしなかったくせに」  「ごめん、ごめん」  甘えた声を出して肩によりかかるとバスローブ姿がガラス越しに映る。きれいな夜景に反射した姿は肉欲的で汚い。なんて無様だろうと内心で笑った。  「でも連絡くれて嬉しかったですよ」  「そりゃこんだけ熱烈なラブレターを貰ったらね」  鎌田はくしゃくしゃになった手紙を取り出した。そこには自分の電話番号と「あなたの熱が恋しい」と書いてある。先日控室で会ったときに忍ばせておいたものだ。  やはり鎌田は脳と下半身が直結している性欲莫迦だ。ちょっと甘い言葉をかければころりとついてくる。  最近の子は枕営業を嫌がる傾向があると小耳に挟んだ。売れたいけど、そこまではしたくないという彼らなりのやり方なのだろう。それに昴のように露見したら芸能人生が終わる。  だめな見本をやっていたお陰でこうしてお鉢が回ってきて嬉しい誤算だ。  「風俗に落ちたって聞いてとても残念だったよ」  「落ちたんじゃなくて自分から行ったんです」  「あら、そうなの」  「かなり鍛えてもらえたので昔より楽しんでもらえると思いますよ」  バスローブの紐を解いて鎌田を押し倒した。スプリングがぎしりと悲鳴をあげ、それがまるで自分と共鳴しているような錯覚に陥る。  初めから穢れきっている身体が今更どうなろと関係ない。セックスしか自分の価値を見出せずに生きてきたのだ。  葉月たちを輝かせるためには使えるものは全部使う。  知恵もコネも身体さえも差し出すのになんの抵抗もない。  腰を撫でられる感触に酔いしれるふりをして、鎌田の唇と重ねた。  平日の夕方、三人に集まってもらい、新曲の話を伝えると葉月は目を爛々と輝かせた。  「鎌田さんの曲ですか!?」  「そう、まだデモしかないけどね」  デモを流すと振りつけが頭に浮かぶ。ここはターンして決めて、ステップしながら前後と交代。サビは爽が目立つようにセンターで。  頭のなかで鮮明に浮かぶがその景色を振り払った。 爽はぷうと両頬を膨らませている。  「鎌田って落ち目じゃない? いま全然新曲売れてないじゃん」  「でも過去の実績があるよ。それにネームバリューが大きい」  鎌田がこんな無名のアイドルグループに曲を書き下ろしたとなれば話題にもなる。まずは曲のよしあしよりも、注目されることの方が大事だ。 ホトスプを見てくれさえしてくれれば好きになってもらえるはず。  「ま、いーけどね」  楽譜に目を通した爽は鼻歌を歌いながら曲を頭にいれている。それだけでもかなり上手い。  「ダンスの振り誰が考えてるの?」  「俺です」  葉月が手をあげてやはりと頷いた。  「じゃあこの曲から俺も振りを一緒に考えてもいい?」  「昴ちゃん、できるの?」  「これでも昔地下アイドルやってたから」  「嘘くさ」  爽に鼻で笑われたがぐっと奥歯を噛む。メジャーデビューをしていない地下アイドルなんて自慢するほどのものでもないが、そのときかけた情熱を莫迦にされるのは面白くない。  だがここは大人として、マネージャーとして冷静になろうと怒りを鎮めた。  「爽と銀太は曲を頭にいれて。葉月はちょっとこっち来て」  それぞれ指示を出したが、爽は携帯をいじり始め、銀太は筋トレをしている。みんなそれぞれマイペースだ。  「どういうのにする?」  「この曲はアップテンポだから激しめのダンスがいいと思うんだよね。例えば」  有名アイドルグループのダンスを一通り踊って見せた。つま先から指先まで繊細な動きをしつつ、アクロバティックさもある。  久しぶりに踊ってみたが身体はしっかり動く。一度自転車に乗れるようになれば一生忘れないように憶えた振りは何年経っても忘れないものらしい。  「こんな感じにしたいんだけど」  「カッコいい! でも……」  葉月はちらりと爽たちの方を見た。  「あの二人には難しいかも」  「練習すればできるようになるよ」  「どうだろうな。俺が言っても聞かないし」  二人は練習嫌いなところがある。それは理解していたが、もっと上を目指すのであれば技術はいくら磨いても足りないくらいだ。  せっかく持っている原石を磨かないでいたら勿体ない。  「じゃあ時間はないし、揃えるところは三人で合わせて、葉月の見せ場をつくろうか」  「俺のダンスだけってことですか」  「そう。他二人も踊るけど葉月がセンターで二人を引っ張る」  人数が多いグループだとたまにある構成だ。それぞれを目立たせるために得意な分野でソロパートを設ける。葉月のダンスはグループ内でピカ一だ。  「あまり気乗りしないけど、わかりました」  「曲流しながら考えようか。まずはAメロから」  デモを流しながらダンスの振りを考えていく。ああでもない、こうでもないと話し合っているといつのまにか爽たちは姿を消していた。  「……逃げられた」  「いつものことです。飲み物買ってきますね」  葉月は外の自販機でスポーツドリンクを買ってきてくれた。セックス以外で運動したのは久しぶりで膝ががくがくしている。Tシャツに汗が染み込んで肌に張りついて気持ち悪い。久しく経験していなかったまっとうな道がなんだかこそばゆい。  「昴さんはいつからダンスやってるんですか?」  「子どものときから。妹がダンススクールに通いたいっていうから付き添いだったんだけど、いつのまにか俺の方がハマってた」  「妹想いのいいお兄さんだったんですね」  「どうかな」  結局妹を置き去りにしてダンスにのめり込んでしまい、よく怒られていた。  「葉月は?」  「小学生のとき。好きな女の子がアイドル好きで、その子に好きになってもらおうと思って」  「もっと他に努力するところあんだろ」  「子どもだったんです。アイドルになれば好きになってもらえるっていう単純な奴で」  「でも葉月ってそんな感じする」  「それってどういう意味ですか?」  「そのままの意味だよ」  子どもみたいに下唇を出して不満そうになる葉月がおかしかった。舞台に立つとカッコいいのに普段は犬っぽい。その二面性が魅力の一つだ。  ペットボトルを一気に煽ると火照った身体の芯が冷やされて気持ちいい。なんだかいつもより呼吸がちゃんとできる気がする。  運動をして汗をかいて、仕事のことを考える。なんて健全で欲にまみれない清らかな生活なのだろう。  隣に座る葉月はキラキラとオーラを放っているのに誰の目にも留まらない。どうにかしてもっと輝かせたい。 初めてみたときの衝動が熾火のようにじわじわと広がり、自分が動く動力源になっている。  「今週末のライブ、頑張ろうな」  「はい!」  こぶしを突き合わせると葉月は屈託のない笑顔を向けてくれた。

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