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第5話

 ライブ前のリハーサルでようやく新曲が形になった。二人のダンスは簡単なものに変更して、葉月メインの構成にすると目立ちたがり屋の爽は目くじらを立てた。  そうなるだろうと予想はしていたので、予め考えていたセリフを頭のなかで繰り返す。  「これじゃ僕が全然目立たなくない?」  「そんなことないよ。こことここはソロパートだろ」  「でもセンターじゃないし」  「センターが一番ってわけじゃない」  「センターが一番でしょ」  「わかってないな。グループの端にいても輝く存在が一番だ。立ち位置なんて関係ない。俺を見ろって気持ちを強くもってパフォーマンスすればみんな見てくれる」  くどくどと説明すると爽は「やってやるよ!」と両耳を塞いだ。  銀太は相変わらず静かに動画を見て、念入りに動きを確認してくれている。たぶん爽がやる気になったからだろう。  「にしてもよくこんな大きなショッピングモールでライブできましたね」  「まぁ他に三組いるけど」  「それでもすごいです!」  葉月はぴょんとうさぎのように跳ねて会場を見て悦んでくれている。 ショッピングモールの中央エリアは普段、人工芝を敷いて子どもたちが遊ぶスペースになっているらしい。  今日は撤去され、ステージと大きなモニターを設置し、客席にはパイプ椅子が用意されている。  事前にCDやチェキを購入してくれたファンから順番に前の席に座れる仕様だ。  もちろん無料で立ち見もできる。会場は東館と西館の間にあり、人通りも多くアイドルに興味がない人でも目に留めてもらえる可能性は高い。  持ち曲が少ないうえに知名度もないホトスプがショッピングモールでのライブは異例だ。もちろんこれも身体でとった。  ショッピングモールの社長とはツテがなかったが、鎌田の紹介で縁ができて無理やりライブをねじ込ませてもらえたのだ。  「SNSでの宣伝もしたし、ここは腕の見せ所だ」  「頑張ってきます」  衣装を着た葉月が屈託のない笑顔を向けてくれる。きらきらと王子様のような表情にどきりとしてしまう。その邪気のない真っ直ぐさは目に毒だ。  葉月たちの出番になり、ステージに上がると最前列にいるのは十人程度だ。そのほとんどが爽のホスト時代の客や銀太のジムの利用客らしい。  でも他のグループのファンや暇つぶしだろう家族連れも遠巻きで見ている。  ライブを見てもらえばきっとわかってもらえる。  ここまできたら自分ができることはない。舞台袖で三人の後ろ姿を見守った。  「初めまして。ホットスプラッシュです!」  「僕たち最近デビューしたばかりの新人なのでお手柔らかにお願いね」  そこここで笑いがおきる。  爽はやはりトークがうまい。知り合いが多いということもあってリラックスしているのか客とやり取りをして盛り上げている。  笑い声があがると道行く人は足を止め、自然とステージ近くに集まりだした。それでも三十人ほどだろう。  持ち時間は十五分。  その短いなかでどれだけ印象をつけられるかが肝心だ。  MCを終え、イントロが流れると三人の雰囲気ががらりと変わる。練習ができていないとは思えないくらいしっかりとしたステージだった。  そして鎌田が作ってくれた曲がいい。「これ鎌田の曲だよね?」と立ち止まる人が増え、ステージ前の広場には大勢の人が集まり始めた。  鎌田の曲には独特の電子音が使われているのですぐにわかる。歌詞も独創的な表現が多く、一部のファンからは「鎌田毒」という愛称がついているくらい中毒性があった。  通路を塞ぐほど人が集まり、裏でぼんやりしていたスタッフが慌てて通路の整備をし始めている。  よし、と拳を握った。  「ありがとうございました!」  三人がお辞儀をすると今日一番の拍手を貰えた。  フライヤーを配ろうと三人がステージから降りると人がごった返した。奪われるような形でフライヤーがなくなり、握手を求められ、みんな嬉しそうだ。  その後のチェキ会も過去最高の売り上げを叩き出し、大収穫なイベントを終えることができた。  「カンパーイ!」  ビールジョッキをかきんと合わせて四人で乾杯をする。ぐいっと煽ると冷たい苦味が臓器に染み渡り気持ちいい。  普段は金がないからと自宅で惣菜や手作りのものを寄せ合っていたが、今夜は贅沢に居酒屋で打ち上げをしておいでと社長が提案してくれた。  「ライブ大成功だったね!」  「他のグループの悔しそうな顔が忘れられない」  葉月と爽はライブの興奮が冷めないのか顔を真っ赤にさせて悦びを分かち合っている。銀太は口数がすくないものの、ビールを飲む手が止まらないから嬉しいのだろう。  三人の明るい雰囲気に頬が下がる。  「でもよくあそこのモールでライブできましたよね。結構地下アイドルが取り合ってる場所だって言うし。どんなツテを使ったんですか?」  「そこは昔の知り合いとか、いろいろ」  葉月に問われて曖昧に濁した。そこからは昴の領域である。  「いまはとりあえず楽しんでおけ」  「はい!」  屈託のない葉月の頭をがしがし撫でると「痛いですよ」とくすぐったそうに笑っていた。

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