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第10話

 招待されたホテルは芦ノ湖を越えた先の観光地から外れた場所だった。  箱根湯本や芦ノ湖は夏休みと重なり家族連れやカップルなどの観光客で賑わっているが、ここは少し寂れている。中心部を離れた山のなかは観光地にばかり人が集まり、その周辺になると客は少なくなってしまうのだとフロントの人が教えてくれた。  イベントスタッフから説明を受けた葉月は顎に皺を寄せた。  「俺たちは客寄せパンダってことですか」  「それだけ集客力があると買われたってことだ」  「まぁ納得いかない部分はあるけど、ホテルはきれいだから許してあげる」  なぜか上目線の爽を筆頭にスタッフにホテル内を案内してもらった。  三年前に改装したばかりらしく、新築の匂いがしている。フロントのふかふかの床も歩き心地がいい。  「ここがイベント会場を予定しています」  案内されたのはだだっ広い部屋だ。長机とパイプ椅子が端に寄せてあり、スライド画面が天井からぶら下がっている。  普段は会議室として使われているらしい。音響も問題ないということだ。  「なかなか広いね」  「フロントに宣伝のポスターを貼ってます。あとチェックインのときにもお客様にお声がけするつもりです」  「ありがとうございます」  ライブまで日数がなく、SNSで宣伝はしてあるがどれほどの客が来るかは未知数だ。  ホトスプのファンではない一般客が大半を占めるだろう。暇つぶしや酔っぱらいも来るだろうし、いつもの客層と違うとなると予想もつかないアクシデントがあるかもしれない。  どんなことが起きても葉月たちを守ろうとぐっとこぶしに力をいれる。  「じゃあ場合せしておこうか。あと音響も」  「わかりました」  スピーカーから曲を流し、立ち位置の確認を念入りにした。ライブスタジオと違って横幅が広く使える。マイクの音響も細かくチェックした。  「チェックインの時間になったら俺たちもフロントでフライヤー配ろうか」  「そうですね! その方が印象に残りやすいかも」  三人は衣装に着替えてフロントへ行くとすでに長蛇の列ができている。  「こんにちは、ホットスプラッシュです。十九時からライブやるので遊びに来てください」  葉月たちがにこやかにフライヤーを配り始めた。子どもたちは不思議そうに受け取ってくれるが、親たちの反応は芳しくない。  葉月たちと同世代の子たちはバズったおかげで知名度があったらしく、「Z―UPを完コピしてた人だ!」と喜んでくれた。  わずかながら告知を見て来てくれたファンもいる。デビューから応援してくれている人は知り合いばかりではなくなってきていた。  それに加え高齢の女性たちからは喜々とした声があがる。  「絶対見に行くわね!」  「握手して、握手!」  こちらが返事をするより早く腕を取られた葉月たちは無理やり握手をされ、写真も撮られそうになっている。  「すいません、撮影と握手はご遠慮ください」  「なんでよ。いいじゃない」  「ライブのあとにチェキ……撮影会と握手会やるから、そのときにしようよ」  爽がのってくれるが女性たちの顔は途端に曇る。  「それってお金取るのよね」  「えぇ……まぁ」  「ならいいわ。みんな、行きましょう」  颯爽と前を横切るマダムたちに固まってしまった。やはり金銭が発生するとなると人は渋る。  誰も好きでもないグループに金なんて落としたくないだろう。  「こういうときダメージきますね」  肩を落としてしまった葉月の後ろでは爽と銀太も不安そうな顔をしている。  ここは気持ちを奮い立たせないと。  パンと手を叩いて三人の視線を集めた。  「ライブを見てくれれば大丈夫。みんな好きになってくれるよ」  「そうですよね。たくさん練習したし」  「そうと決まればもう一回通ししよう!」  ライブが始めるまでもう一度リハーサルをして無事に本番を迎えられた。

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