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第14話

 初めて来るテレビスタジオの煌びやかさに驚いた。カメラの数と同じくらいの人と飛び交う声。アナウンサーはテレビで観たときのまま抜け出してきたように美しく品がある。  肌のきめ細やかさ、髪の艶、トレンドを意識したメイクや服装はどう見ても普通の会社員ではない。芸能人だ。  朝の四時という早朝にも関わらずアナウンサー陣は笑顔で他の共演者たちと打ち合わせをしている。  それを見て爽は目を輝かせた。  「テレビで見たことがある女子アナがこんなに近くに! やばい、可愛い、尊い!!」  「意外とミーハーなところあるんだな」  「女子アナ嫌いな男なんていないでしょ。ね、葉月」  「あ〜うん。そうだね」  話を振られた葉月は曖昧に頷いた。ちらりと目が合うがすぐに逸らされてしまう。  あれから葉月とはぎくしゃくしている。仕事の話をするときは普段と変わらないのにそれ以外は一定の距離を保たれている。  葉月に告白をされて、拒否した。ただそれだけの話。中高生じゃあるまいし仕事に影響がなければこのままでもいい。  はずなのに。  なぜか胸のなかがモヤモヤしてしまう。口のなかでねばっこいものが残っているような気持ち悪さがある。  この違和感はなんだろうか。  「おはようございます。朝早くからありがとうございます! 動画見ましたよ。みなさんとってもかっこよかったです」  メインキャスターである天宮アナウンサーに声をかけてもらうと、三人は指先までぴんと伸ばして直立不動になった。  「あ、ありがとうございます」  「パフォーマンスも期待してますね」  では、といい匂いを残して天宮アナウンサーは楽屋へ行ってしまった。  小さくなっていく後ろ姿を見て、爽は頬をピンク色に染めた。  「生の破壊力すごい」  「顔小さい」  「……可愛い」  三人は呆然としてしまい現場の空気に飲まれてしまっている。  無理もない。まだデビューして三ヶ月足らずなのにテレビ出演なんて大手事務所の新人ならまだしも、弱小事務所ではありえない奇跡だ。  でもいつまでも鼻の下を伸ばしててもらっては困る。  三人の後頭部に手刀を落とした。  「いたっ。急になにすんの!?」  「俺たちは遊びに来たんじゃない。世間に存在を証明するためにきたんだ。しっかりやれよ」  真面目なトーンで言うと三人は神妙な顔になって頷いた。  やっとお客さんモードが抜けたのか、いつものように真剣な表情に変わる。  ちらりと葉月を盗み見た。もう浮かれた様子が抜けた眼差しはスタジオを睨みつけている。ここに立つんだというプレッシャーがひしひしと伝わってきた。  「怖いか?」  「全然実感がないからよくわかってないです。でもせっかくのチャンス楽しみたいです」  「頑張れ」  とんと背中を押してやると葉月は万人受けする笑顔を向けてくれた。  「では、本番五秒前、四、三、二……」  スタッフの合図にスタジオに視線が集まる。  つつがなく番組は進み、いよいよホトスプの番がきた。  「現在SNSで話題沸騰中のホットスプラッシュさんです。お願いします!」  「おはようございます!」  元気よく爽が挨拶して三人が横一列に並ぶ。  話す内容は事前に決められているしカンペも出る。それを読むだけなのにどうにも葉月と銀太は棒読みになってしまう。  だが爽はホストで鍛えた度胸がある。いじられキャラである林アナウンサーの髪型に触れたりして印象を残していた。  「では曲を披露してもらいましょう」  三人が立ち位置に並ぶと表情が変わる。頑張れとエールを送りながら手を組んだ。  スタジオ全員に見守られながらパフォーマンスを終えた。  「ありがとうございました!」  三人は一礼をして出番を終えて袖にはけた。いつのまにか握っていたこぶしには爪が食い込んでいて痛い。  「はぁ~緊張した」  「照明眩しい」  汗だくの爽たちにペットボトルを渡すと一気に飲み干してしまった。  遅れてやってきた葉月は肩を落としている。  「どうした?」  「ちょっとステップ間違えた」  「大丈夫だ。ほとんどの人は初見なんだし、間違いに気づかない」  葉月は一番盛り上がるサビの部分の振りを間違えてしまったがすぐに修正したので大きな問題ではない。  「葉月がトチるなんて珍しいな」  「ごめん」  「ま、別にいいんじゃね。それより世間様はどうよ」  爽は楽屋に戻るなりすぐに携帯でSNSのチェックをし始めた。トレンドに 「ホットスプラッシュ」の文字がある。  「やった! トレンド入りしてる」  「SNSのフォロワーもすごい勢いで増えてる」  一万人ほどしかいなかったフォロワーがほんの数分で三万人を超えている。まだまだ勢いは止まらず、テレビの影響の大きさを知った。  「テレビってすごいな」  「ネットが栄えてるっていうけど、やっぱりテレビの影響力は侮れないね」  「これに甘んじず頑張ろうな」  「いや、でもまじこれヤバイっしょ。俺たち一気にスターじゃん」  喝をいれたいところだが浮かれている爽に届くかは不安だ。  楽屋のすみで着替えをしている葉月は話に加わらず、肩を落としたままだ。  「まだ気にしてるのか?」  「だってせっかくのテレビだったのに。練習足りなかったですかね」  「そんなことないだろ。葉月はよくやってるよ」  実際に葉月は誰よりも練習をしている。本番は緊張してしまうものだ。プロでも失敗してしまうこともある。  「今日のテレビ出演でもっといろんな仕事くるようになるぞ。落ち込んでる暇なんてない」  「……そうかな」  不安げな葉月の大きな背中を叩いた。 「なにするんすか」と不満の声があがる。  「アイドルオタクの俺が言ってるんだから自信持て。おまえたちなら大丈夫だ」  しっかりと葉月の胸に刻められるように伝えると目元を赤くさせて頷いてくれた。  「昴さんがそう言ってくれるなら信じる」  「よし。じゃあ着替えて事務所で反省会な。週末はライブもあるし、練習しよう」  「はい!」  ようやく葉月が笑ってくれたのでほっと胸を撫でおろした。

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