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第19話

 「そろそろもう少し大きい箱でライブをしようと思うんだ」  「もしかして東京ドーム!?」  爽が身を乗り出すと芦屋は苦笑いを浮かべた。  「渋谷のライブハウス。しかも初のワンマンだよ」  「やった!」  飛び跳ねる爽と銀太と葉月はグータッチをしている。  喜ぶのは無理もない。いままでのライブは小さなライブハウスばかりで他のグループと一緒にやることが多かった。  けれどテレビに出ている影響からライブに足を運んでくれるファンが増え、ライブハウスのキャパを超えてきていた。  チケットがなかなか買えないと不満の声も多く、それならと大きなライブハウスを貸切ることにしたのだ。  「お客さんたくさん来るんだね」  「だから練習頑張れよ」  はーい、と子どもっぽい返事をした爽は銀太を引っ張って隣のスタジオへと行った。残っている葉月は二人がいなくなると顔に暗い影を落としている。  「どうした?」  「夢みたいで信じられないです」  「ここまでくるの音速だからな。無理もないだろ」  「……葉月さん、少し痩せました?」  頬を撫でられてぎくりとした。  連日鎌田やライブハウスの関係者に呼び出されることが多く、疲労が溜まっている。  売りをやっていたころからNGなしだったので、それを知ってか無理難題なプレイを求められることが多い。  鞭打ちや蠟燭攻め、複数プレイは当たり前で玩具を使われることも増えた。  裏では都合のいい肉便器と揶揄されていたが無視している。そんな便器に興奮してくれて仕事がとれるなら自分への評価など掃いて捨てるほど興味がない。  「ちゃんと飯食ってる。気にすんな」  「でもくまも酷いですよ」  「平気だから!」  葉月の身体を突っぱねるといまにでも泣き出しそうな顔になった。  (そんな顔させたいわけじゃないのに。どうすればいいんだよ)  俯いて項垂れていると一部始終を見ていた芦屋が口を開いた。  「確かに谷河くん、最近休みもないでしょ。今日はオフにしなよ」  「え、でも。そういうわけには」  「今日は収録とか入ってないよね」  「そうですけど。まだダンスの構成も仕上がってないし」  案は出るがまだそれを上手にまとめられていない。葉月は仕事で出てしまうことも多く、昴が考えなければならないのに呼び出されてばかりで時間がなかった。  「構成は俺が考えておきます。それより休んでください」  「でも」  葉月と芦屋の顔を見比べて困ってしまう。  まるで自分がいらないと言われているようで不安になる。  ーーこの場所を失いたくない。  「本当に大丈夫です。構成もあと少しですし」  「葉月くん」  「はい」  芦屋に名前を呼ばれた葉月は大股で近づくと米俵のように肩に担がれてしまった。  「うわっ、軽すぎる。本当に食べてます?」  「今日は休みね。はい、お疲れ様でした!」  「えっ、ちょっと。社長!?」  担がれたまま寮に連れて行かれた。片手で器用に鍵を開けた葉月に部屋の奥へと連れて行かれる。  「ちょっと汚いですけど、俺の部屋で寝てください」  やっと降ろされると柔らかいスプリングに受け止めてもらえた。  室内を見渡すと部屋の壁にはZ―UPのポスターが貼られ、壁のラックにはCDとDVDが並んでいる。他にもペンライトや以前着ていたライブTシャツ、ブロマイドがきれいに整頓されていた。  「本当に好きなんだな」  「他のグループのも持ってますよ。あとこれも」  ラックから出したのはチェリッシュのCDだ。手作り感満載の百均のCDケースとコンビニでカラーコピーしたジャケットが懐かしい。  「うわっ、そんなの捨てろよ」  「ダメです。俺の宝物なんですから」  ひょいと腕を高く伸ばされたら届かない。でもいまお互い座っているし、そこまでアドバンテージはないはずと葉月の肩を掴んで限界まで腕を伸ばした。  「あっ、ちょっと……っ!」  ぎしっとスプリングが文句を言うように軋んだ。  CDを奪い取ることに夢中になっていたら葉月を押し倒してしまった。鼻先が触れるほど葉月の顔が近くにあり、心臓が早鐘を打つ。  逃げようとするより先に後頭部に手を添えられて引き寄せられた。葉月の唇が触れる。  「なにしてんだよ」  「そこに唇があったから?」  「最悪」  起き上がろうとすると手の力が強くなり、またキスをされた。ちゅっ、ちゅっと可愛らしい音を立てられ情欲を煽ってくる。  「お、おい……んんっ」  抵抗しても葉月の方が一枚上手だ。頑なに口を開けなかったが舌で何度もノックされる。表面をぬるりと舐められてぞくりと背筋が震えた。  息継ぎもできないキスに頭がくらくらしてくる。   ちゅっと一際大きな音をたててようやく唇が離れた。睨みつけると目元を薄っすらと赤く染めた葉月はだらしがない顔をしている。  「……なんだよ、その顔」  「昴さんとキスできて嬉しくて」  「おまえの気持ちに応えないって言っただろ。こんなの強姦と一緒だ」  「でも完全に拒否してなかいじゃないですか」  「おまえの馬鹿力に勝てなかったんだよ」  力は強いが一切抵抗できないほどではなかった。それに気づいているのだろう。葉月は意地の悪い顔をしている。  「本当は俺としても嫌じゃないんでしょ?」  「調子いいな。下手くそなくせに」  今度こそぐいっと胸を押しやった。これ以上したらキスだけでは済まない。葉月から発せられる色欲を含めた目を見ているだけで下肢が疼いてしまう。  「俺、本気で昴さん好きなんです」  真剣な眼差しに胸が高鳴ってしまう。美しい黒い瞳は相変わらずこの世の穢れを知らないまま磨かれ続けている。  そんな瞳に自分は映る資格がない。  速まる鼓動を押しとどめるように深く息を吐いた。  「もう寝るから構成考えておけよ」  布団を頭から被って背中を向けた。葉月の匂いが染み込んだシーツに包まれて、肌がざわざわと落ち着かない。  (冗談……じゃないんだよな)  あれほどばっさりと振ったのに諦めが悪いらしい。そういえばダンスを始めたきっかけも好きな女の子のためと言っていた。恋愛にのめり込むタイプなのかもしれない。  初めて告白なんてされたからだろうか。身体の芯がぽかぽかして、春の日差しで温められたような幸せな気分に浸れる。  布団のなかで葉月の匂いに包まれると安堵感から頬が勝手にニヤけてしまった。  でももう一人の自分に肩を叩かれる。  恋愛なんかしている場合ではない、と。  葉月たちを押し上げるために身体を売っていることが知られたら軽蔑されるだろう。嘘を言ってしまった手前、墓に入るまで突き通さなければならない。  これ以上踏み込まないとボーダーラインを決めて、葉月への想いにふたを閉めた。

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