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第20話
前回の好評を受け、「モーニングニュース」のマンスリーゲストに葉月が抜擢された。
原稿を読み上げたり、ダンスを披露したり、お天気お姉さんとの掛け合いがあったりと出番は多い。
正直話術の巧みな爽が選ばれると思っていたが、チャラ男っぽさが朝の雰囲気に合わないらしい。名前が「爽」なのにと本人はご立腹だ。
だが爽は持ち前の容姿を活かして化粧品のCMが決まり、どうにか暴れずに済んでくれている。
二人とも大出世だ。
スタジオに足を踏み入れると見慣れたキャスターやスタッフが大勢いた。一人一人挨拶をして、スタジオの隅へと移動した。
最初の頃のようなお客さん気分ではない葉月は真剣な顔で原稿を頭にいれている。
「コーヒーもらってきた」
「ありがとうございます」
台本から顔をあげる葉月の表情がマシュマロみたいに甘いものに変わった。原稿を読んでいるときは声がかけづらいほど真剣なくせして、ギャップにどきりとさせられてしまう。
「寒くないか? もう一枚毛布貰ってこようか?」
「大丈夫です。ちょうどいいです」
スタジオは空調が効いているとはいえ、ライブ衣装の葉月は冷えるだろう。スパンコールがこれでもかと散りばめられた白のタンクトップと長ズボンは真冬には合わない恰好だ。それでも鳥肌一つ見せないところがプロらしくなってきた。
「葉月さん、お願いします!」
「はい」
スタッフに呼ばれた葉月は照明が降り注ぐスタジオへと向かった。頼もしくなってきた後ろ姿は雛鳥が自分の羽で巣立っていくような力強さがある。
(ここまであっという間だったな)
デビューして半年足らず。想像以上に評判がいい。
世間から認められホトスプはスターダムの階段を着実に登っている。世界デビューも夢ではないかもしれない。
途方もないと思っていた夢がすぐそばまで迫っているような現実感に胸が高鳴る。
「冴島さん、入ります!」
スタッフの声に顔をあげるとボルドーの大きめのニットと黒のストレートパンツに伊達メガネをかけた冴島と目が合った。きれいに縁どられた睫毛が驚いたようにぴくりと跳ねる。
「久しぶり」
「……どうも」
小さくお辞儀すると冴島はふんと鼻を鳴らして、打ち合わせをしている葉月に目を向けた。
「今月からあの子がマンスリーゲストだね」
「冴島さんはずっとレギュラーで出てますよね」
「そうだよ。おまえと違って実力でね」
脳天に一撃食らったような衝撃に面食らっていると冴島は不適に笑った。
「おまえも懲りないね。いつまでも同じことやって」
「なんのことですか」
「しらばっくれてもこっちじゃもうだいぶ有名だよ。肉便器さん」
かあっと頬に熱が上がったがこぶしを握って耐えた。冴島の言うことが正しい。
「今度はあいつらを神輿に担いでやってんの」
「別に。あなたには関係ないじゃないですか」
「また週刊誌に売ってあげてもいいんだよ」
「それはっ!」
冴島の腕を取るとにやとアイドルとは思えない下衆な表情になった。
「いいね、その顔。ぞくぞくする」
「……あなたは昔から趣味が悪いですね」
「だって私生活は制限されるし、恋愛もご法度。趣味なんて一周したら飽きてくる。落ちた人間を眺めることの方がずっと楽しいよ」
芸能人はつねに注目をされる。仕事中もプライベートも人の目があるところでは気が抜けない。
冴島はスキャンダルを一度も出さずにトップアイドルの地位に君臨し続けている王だ。生活を切り詰め、徹底した情報管理を行っているのだろう。
だがそのストレスのはけ口がスキャンダルを流すこととはどうかと思う。
元々持っているコネを使って人の弱みを握り、上から見て楽しむ節があった。そのせいでアイドル時代に枕営業をしていたことを暴露されてしまったのだ。
(バレないように慎重にやっていたのに)
どこから漏れたのだろう。いや、誰が漏らしたかの方が正しいか。でもそんなことはどうでもいい。
楽しそうにしている葉月の横顔を見て、ぐっと奥歯を噛んだ。自分のせいでせっかくスターダムの入口に立てた葉月たちを再び小さな箱に戻したくない。
「冴島さんと取引きがしたいです」
「もしかして俺の便器になってくれるの?」
「あなたが望むなら」
ぎっと睨みつけると冴島は笑った。気持ち悪くて仕方がない。
「使い古された便所なんて興味ないよ」
「じゃあどうすれば……」
「俺は人が落ちていく姿が見たい。テッペンにいる人間が足を踏み外して地獄に落ちるあの絶望した瞬間が見たいんだよ」
「……性格悪いですね」
「褒めてもらえて光栄だよ」
顔に醜い皺を寄せて笑う冴島に背筋が震えた。この人は狂ってる。
でも悪いことをしているのは昴だ。冴島を責めることはできない。
「ま、いまはまだ様子見しててあげる。すぐに落ちちゃったら面白くないから」
じゃあね、と手を振って冴島は葉月の方へと行った。なにも知らない葉月は憧れの冴島を前に目を輝かせている。
冴島に気づかれしまった。こうなったら冴島の手の届かないところに行くしかない。
一秒でも早く。遠く。誰も到達していないところまでーー
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