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第22話

 「じゃあまたね、谷河くん。葉月くんもライブお疲れ様。いいライブだったね」  ライブなんて見ていないくせに砂山は出すだけ出すとスーツを着なおして部屋を出て行ってしまった。  二人きりに残されて、海底のように静かな重い空気が増す。 葉月はマネキンのように固まったまま呆然と部屋の天井を見上げている。ライブ直後とは思えないほど顔色も悪い。  はだけたシャツをかき集めながらボタンを留めた。中に残された精液を出したいけれどこれ以上醜態を見せたくない。そのまま下着を身に着けようとするとようやく葉月は口を開いた。  「きれいにした方がいいんじゃないですか」  「そうだけど」  「じゃあこれを」  備えつけの箱ティッシュを渡された。葉月の顔が怖くて見られない。声には抑揚がなく、軽蔑をしているのは明白だった。  指を入れると中から一塊の白濁が出た。どれだけ掻きだしても一向に終わらない。  むわりと鼻を突く青臭さに嗚咽が漏れた。  「……俺たちがライブ中になにしてんですか」  「ごめん」  「せっかく大きい箱でできるって楽しみにしてたのに。昴さんに見てもらいたかった」  絞り出すような葉月の声は震えていた。泣かせてしまっている。刃物で胸を切りつけられたような鋭い痛みが走った。  仕事を取るためだとはいえ、初のワンマンライブを見届けられなかった。そんなのマネージャー失格だ。  「俺たちのライブより砂山さんとセックスすることの方が大事ですか」  「ちがっ……そういうわけじゃ」  「だったらなんで、こんな……」  「ごめん」  「俺たちのためですか?」  はっとして振り向くと泣くのを我慢しているように唇を引き結んでいる葉月と目が合った。  「枕してないって言ってたのに。嘘ついていたんですか」  「ごめん」  「謝って欲しいわけじゃない!」  葉月はだんと足を踏み鳴らした。何度も何度も。床が抜けてしまいそうなくらい強い。  「……俺はこれでしかおまえたちを支えてやれない」  「振付があるじゃないですか。俺たちの曲を全部振りつけてくれたのは昴さんですよ」  「そんなの誰だってできるよ」  「そんなことない!」  葉月に肩を掴まれた。指が食い込んで痛い。でもその痛みは葉月に与えたものよりずっと軽いのだろう。  「これしかないって言わないで。踊る昴さんに惚れてアイドルになった俺を否定しないでよ」  ほろりと葉月の頬に涙が伝った。美しい宝石のような涙。手を伸ばしそうになるのを引っ込めて首を振った。  「ごめんな」  もう何度目かの謝罪は虚しく響くだけだった。

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