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第23話

 「葉月、あのさ……」  「すいません。急いでるので」  葉月に声をかけようとすると猫のようにするりと逃げられてしまう。  目も合わせてもらえず、まともな会話ができないまま年末になってしまった。  クリスマスに向けた新曲は上々でネット配信では過去最高の再生回数を誇っている。それに引っ張られるようにそれぞれ単独の仕事も増え始めていた。  同じ日の同じ時間に別のスタジオに行くことも増え、一人では手が回らずマネージャーを新たに雇うことになった。  基本的には昴が爽と銀太、新人マネージャーの鹿嶋が葉月につくようにしている。そのせいで葉月と顔を合わせる日がほとんどない。こうして事務所で偶然会えても避けられてしまうのであの日のことを話せずにいた。  「はぁ〜」  どうしたらいいんだ。ソファの背もたれに頭を預けると首の裏がずしりと痛む。  自分がやってきたことは間違っている。葉月は正々堂々実力で勝負したかったのに水を差していた。それに嘘まで吐いている。  言い訳のしようがないほどの見事なトリプルカウンターだろう。  軽蔑されても仕方がない。  冴島のように暴露されないだけマシかと思ったが、元々葉月はそんなことをする性格ではない。  だから大きな傷を抱え、一人痛みと戦わせてしまっている。傷つけた自覚があるからこそ、下手に手を出して傷に塩を塗り込むような真似はしたくない。  でもこのままでいいはずもない。  なんとしてでも葉月とちゃんと話し合いたかった。  でもなにを話すのだ。  言い訳めいた言葉ばかりしか浮かばず、だったらこのまま放っておいた方がお互いのためなのではないか。  そうして時間が経てば葉月も許してくれるかも  いや、あり得ないだろと内心で突っ込んでおいた。  「なにやってんの」  反対側のソファに座っていた爽はパタンと雑誌を閉じた。大きな瞳にじっと見つめられ、なぜか納得したように頷いている。  「もしかしてバレちゃった?」  「まぁそうだな。しかも最悪なタイミングというか」  「最中を見られたってこと?」  「……葉月に訊いたのか」  「昴ちゃんを見てればわかるよ」  「そんなにわかりやすいか」  「銀太とたぶん社長も気づいてないとは思うよ」  社長には以前釘を刺されていた。それを無視しての身勝手な行動だ。やはりここいらが潮時だろう。  「みんなに迷惑かけたくないから年内には辞めるよ」  「え、それは困る。どうせバレやしないよ」  「実は他にも気づいている人いるんだ」  「あちゃ~」  爽は頭を抱えて前髪をくしゃりと握った。  「なんで身体売っちゃダメなんだろうね」  「そりゃ倫理観に逸脱するからだろ」  「ホスト時代に枕してる奴なんていっぱいいたよ。でもそれは暗黙の了解で許されてたし」  「ホストと芸能界は違うよ」  「一緒だよ。枕をしていようがダンスのレッスンしていようが頑張ってることには違いないじゃん」  「でも枕はダメなんだよ」  爽なりに慰めてくれているのだろう。半年の付き合いだ。それなりに情を持ってくれているのかもしれない。  葉月たちに一日でも早く頂点を取って欲しかった。でないと自分の存在意義はないと後ろ指さされているような気がしてしまう。  「でも僕たちのためにしてくれていることは他にもあったでしょ。特にダンスはありがたかったよ。踊れない僕のために難しくない振りに変えてくれてたでしょ」  「仕事だからな」  「でもその気遣いが嬉しかった。頭ごなしに練習しろって言われてたらきっと僕はアイドル辞めてた」  まさか爽からそんな風に思われていたのが意外だった。むしろ自分をもっと目立たせろと文句ばかりだったのに。  じっと見ていると爽は恥ずかしそうにつんとそっぽを向いた。  「でも悪いな。きっと俺のせいでこれから嫌な目に遭うかもだけど」  「その分、美味しい目にも遭わせてくれたからイーブンだよ」  ふわりと笑ってくれる爽には同情がない。このくらいすぱっと切り分けてくれた方が後腐れもなく辞められる。  「大変だ! これを見て!」  社長室から出てきた芦屋はノートパソコンを抱えている。画面は週刊誌からのメール文だ。  「人気急上昇中のアイドル、ホトスプはマネージャーの枕でのしあがっている!?」  「これが年末最後の週刊誌に載せると連絡がきたんだけど、これ谷河くんだよね」  画像をクリックするとモザイクはかかっているが昴と鎌田が別々にホテルに入る現場を撮られている。他にも砂山や番組スタッフなど数人にわたるものが載っていた。  過去の失態があるからマークされていたのだろう。  「枕はしないって約束だったよね」  「すいません」  「どうして……こんなこと」  「ホトスプに天下を取って欲しかったんです」  深く頭を下げた。信じてくれた葉月と芦屋の気持ちに背く真似をしたのだ。謝ってももう取り返しがつかない。  芦屋は深く息を吐いた。  「一応抗議はしてるけど、もう厳しいだろうね。来週には発売される」  「はい」  「ホトスプもダメになる。CMもテレビ番組のレギュラーもすべてなくなる」  「スポンサーには俺から説明します。だから葉月たちはこのままにさせてください」  「また枕するつもり?」  芦屋の蔑む視線に射貫かれてしまい、石のように固まってしまった。そんなつもりはなかったが、もうその印象しか残らないだろう。  「どちらにしろスポンサーはみんな降りるよ。ホトスプは終わりだ」  言葉が出なかった。  自分だけが泥をかぶるならいい。それは覚悟をしていたから。  でも実際に矢面に立つのは葉月たちなのだ。顔も名前も出してテレビという不特定多数のメディアに露出している彼らのほうが罵詈雑言の言葉を浴びせられるだろう。  そこまで考えられていなかった。ただ葉月たちのためにやっていると酔いしれていただけなのだ。  向かいに座る爽は平然と笑っていた。  「じゃあ僕らもこれで終わりということ?」  「どうだろう。まだはっきりとわからないな」  「別にここで辞めてもいいよ。存分に美味しい想いはしたし」  「ダメだ! それだけは絶対にダメだ」  葉月はアイドルになることを夢見ていた。いつか武道館でライブをして、観客に笑顔になってもらいたいと。その夢をここで途絶えさせるわけにはいかない。  「昴ちゃんは本当に葉月が好きなんだね」  「なんだよ急に」  「最初から葉月しか見てなかったじゃん。僕らを一番にするって言いながら、いつも葉月だけ見てたよ」  「それは」  初めて見かけた路上ライブのとき、目が吸い寄せられたのは葉月の笑顔だった。きっとそのとき恋をしたのだ。だからどんな汚いことをしても平気だった。  泥を被れば被るほど葉月たちの評価が上がる。それが生きがいだった。  「ホストと客みたい」  爽の言葉になにも言い返せなかった。

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