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第26話

 久々にライブハウスに足を踏み入れると興奮を凝縮させた空気に圧倒された。  今夜のワンマンライブはすでにチケットは完売しているらしい。会場には想像よりもずっと多くのファンが押し寄せていた。  赤、青、黄色とそれぞれの推しカラーに身を包んだ彼女たちはとびきりの笑顔で首を長くして待ち侘びている。  これだけファンが残ってくれたことに目頭が熱くなってしまう。 堪えるように目元を押さえていると斜め前にいたお揃いの赤いワンピースを着た二人組の声が届いた。  「もうマネージャー最悪すぎ!」  「そんな大きな声出したらみんなに聞こえちゃうよ」  「いいの。わざと聞かせてるんだから! マネが変なことしなきゃホトスプは年末番組も出れたし、いまごろ冠番組も持ってたかもしれないじゃん。悔しくない?」  「それはそうだけど」  連れの子は恐縮するように声が小さい。確かに彼女の言い分は合っている。  (全部俺が踏みにじったんだから)  それでも自分は向き合わなければいけない。彼女たちの方に歩み寄った。  「あの……」  「なによ」  「すいませんでした!」  腰を曲げて頭を下げると二人は息を呑んだ。周りの視線が集まっているのか皮膚がチクチクする。  「あなたが元マネ?」  「そうです。俺が身勝手なことをしたばかりに彼らもあなたたちも傷つけました。本当に申し訳ございません」  「謝って済む問題じゃないわよ!」  どんと肩を叩かれた。痛い。でもみんなこれ以上の痛みを負わせてしまったのだ。  「でも彼らが頑張ってきたものは本物です。歌もダンスもずっと練習してました。それだけは信じてください」  「そんなことあなたに言われなくてもわかってる!」  室内が暗くなり、照明が舞台に集まる。みんなが舞台に注目をした。 高揚を隠しきれない空気感に背中を押され、前を向いた。  イントロが流れるとペンライトが示し合わせたように左右に揺れ始める。まるで稲穂が風に揺れているような煌びやかな空間に網膜が焼かれそうだ。  この景色を何度も見たことがある。  客席から舞台から。ファンが応援してくれる声が血肉となり、自分を動かすエンジンになってくれていた。  照明が落とされ、再び明るくなると三人が舞台上に立っていた。  「こんばんは! なんか騒いでたけど大丈夫?」  爽のMCに笑いが広がる。さすがだ。  「今夜は新曲からやる」  銀太が珍しくMCに参加していた。少しぶっきらぼうな言い方なのにきゃあと歓声が広がる。  「これは俺たち三人で作詞作曲してダンスも全部考えました。では聴いてください。『Dear』」  ピアノの美しい旋律から始まるバラードだ。ペンライトがゆっくりと揺れる。  堂々と舞台に立っている葉月を見上げた。会場全体を見渡していた葉月の視線がばちっと合う。  指でさされ、「よく見ててね」と言わんばかりに胸を叩いた。 そしてゆっくりと瞼を降ろした。  愛しいあなたへ  僕はもう大丈夫 安心して  大好きだよ 大好きだよ  あなたが幸せなら僕も嬉しい  しっとりとした歌声が耳に響く。歌が音楽が自分の身体に取り込まれていく。  指先まで意識を尖らせたダンスが繊細で美しい。自分がいなくなってから努力を重ねてきた三人の結晶がいまここにある。  どうやって歌詞を考えたのだろう。曲は、ダンスは喧嘩しながらも作り上げたのだろうか。  これを見せたかったのか。  昴がいなくても頑張っていると伝えてくれた。こんなにも真っ直ぐに飾らない言葉をありのままにぶつけられて涙がこぼれた。  視界が歪んで葉月の顔がまともに見られない。  でも笑ってくれるような気がした。とびきりの笑顔で。大好きな笑顔で。  だって葉月はそういう男だから。  歌い終わると今度はアップテンポな曲に変わる。ファンたちの歓声が広がった。  最後まで会場の声を細胞に刻みつけた。

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