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第27話

 ライブが終わると泣きすぎて頭がぼんやりする。身体中の水分を出し切って砂漠の砂よりカラカラだ。  自販機で水を買い、駅のベンチで飲んだ。まだ頭のなかで音楽が鳴り響いている。  三人の成長に嬉しさもありながら、それをそばで見守ってやれなかった無念さを水と一緒に飲み込んだ。  黄色い点字ブロックを眺めていると見慣れたスニーカーが目に飛び込んできた。顔をあげそうになりぐっと堪える。  「ライブ、どうでしたか?」  「……よかったよ」  「こっち見てください」  「できるわけないだろ」  「昴さんの泣き顔見たい」  「趣味悪いな」  「ふふっ、そうかも」  しゃがんだ葉月に顔を覗き込まれた。間近に迫る目に驚いて仰け反ると背もたれに頭をぶつけた。  「やっと見てくれた」  「おまえ、こんなとこ誰かに見られたらマズイだろ」  「俺たちのことなんて誰も気にしてないよ」  周りを見ると確かに誰もこちらに注視していない。 でも忍者のように影から記者が狙っているかもしれない。  人が少ない先頭車両の方へ移動し、葉月を壁側に追いやった。  「あの曲、三人で作ったって本当?」  「そうですよ。かなり揉めましたけど完成できてよかったです」  「あれって」  都合がいい考えが浮かんで口を閉じた。そんな夢みたいなことがあるわけない。  葉月の手の甲が自分の手の甲に触れられてどきりとした。ごつごつとした関節が存在を確かめるように触れられる。  「昴さんがしたことは許せないです。というか悔しいです。俺たちにそこまでの実力がないって思われてるんだって」  「そういうわけじゃ」  「見限らないでください」  指先を強い力で掴まれた。血の流れを止められて、指にどんどん熱が集まってくる。  「またテッペン目指します。何度降ろされても諦めるつもりはありません」  「そうだな。応援してる」  「だから葉月さんも自分の夢を見つけてください」  「夢……?」  初めて聞いた言葉のように耳馴染みがない。  首を傾げると葉月は白い歯を覗かせた。  「また一緒に仕事ができるのを楽しみにしています」  「一緒に?」  「はい。夢って諦めなければずっと追い続けられるんですよ」  「そうなんだ」  「他人事みたいに言うんですね」  「よくわからないからな」  最初の夢はアイドルになることだった。  次は葉月たちを輝かせたいという夢。それは道半ばに終わってしまい、しかも多大なる迷惑をかけて幕を引いた。  これから先、なにになりたいとかやりたいとか考えることすらしていない。  ふと初めて葉月を見たときを思い出した。  雷に打たれたような衝撃だった。どかんと頭のテッペンに落ちた稲妻はいまも昴の全身に流れている。  空を仰ぐと北極星のように昴の行く先を見守ってくれる葉月の顔があった。  それは新たな「夢」という形になろうとしている。  「葉月が輝くところをずっと見ていたい」  「そのためにどうすればいいと思いますか?」  「どうって」  まるで教師に勉強を教えてもらう生徒の気分だ。向こうは答えがわかっているのにこちらはなにもわからない。  ズルいと思った。  でも教えて欲しいとは言えなかった。きっと自分で考える必要がある。  うんうん唸っていると電車がきた。ごーという音を響かせて風を巻き起こす。  葉月の前髪がふわりとあがり、小さな丸い額が露わになった。一度も踏み荒らしていない新雪のように美しく、背伸びをしてそこに口づけた。  「これからのこと考えてみるよ」  「……はい。先に進んでるので追いかけてくださいね」  「わかった」  指先を少しだけ絡ませてすぐに離した。  葉月を置いて電車に乗る。  ドアが閉まってから振り返ると葉月がおでこを擦りながら手を振ってくれていた。  愛おしい。大好きだ。  その笑顔を見ているとなんでもやってあげたくなる。  彼が望むもの、欲しいものすべて用意してその笑顔を独り占めしたい。  電車がゆっくりと動きだし、葉月の姿が見えなくなるまで網膜に焼きつけていた。

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