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第28話
仕事をコンビニにだけに絞り、日中はダンス振り付けの学校に通うことにした。
ヒップホップやジャズ、バレエなどのジャンルに囚われないダンスを基礎から学び、基本的なスキルを一年かけて身体に叩き込んだ。ブランクもあり、年齢的にもきつかったが泣き言は言っていられない。
筋肉痛との格闘だったが新しいダンスに出会うたび、わくわくが止まらなかった。
二年目は振付師の元で学んだ。
有名アーティストやアイドルの振り付け指示をそばで見させてもらうと脳に電流が流れたような刺激を受けた。
浴びるように音楽に触れ、身体を動かしていると音と一体になれた。
次にどう動けば映えるか、観客の視線が集まるのか考えるだけで楽しくていつまでも踊っていられる。
専門学校を卒業し、「Z―UP」の振付師の元についた。技術を教えてもらうというよりはただの使い走りで、枕のことを知っていて誘われたこともあった。
でも頑なに拒んだ。
「振付師になりたいんです」と言うと相手は目を丸くして意外そうな顔をしていた。
冴島はにやにやと気持ち悪い視線を投げかけてくるだけで一言も話していない。あの人と相容れるのは難しいだろう。
一年間アシスタントをさせてもらいながら、自分の顔を広めた。こんなダンスができる、こういうのが得意だと仕事の合間にアピールをしていると細々と単独の仕事を任されるようになった。
「自分の力で歩いている」と実感できる。
一歩一歩踏みしめる足は止めそうになるくらい辛いときもあるけど、それでも踏ん張っていればいつか報われる。身をもって体験できた。
四年目が経ち三十二歳になった。
資金も集まり、ようやく独立できるまでに成長でき、個人事務所を立ち上げると一通のメールが届いた。
「新曲の振り付けを頼みたい」というもので、グループの名前が添えられている。
パソコン画面の前でガッツポーズをして、すぐに事務所へ向かった。
見慣れた道、少しくたびれたエレベーターに乗り込んでインターホンを押した。
「おかえりなさい」
扉を開けてくれた葉月は大人っぽさが加わり、年相応の色気を感じられる。
胸が高鳴ってしまい、赤くなった顔を鎮めるように一呼吸置いた。
「先日連絡を頂いた谷河です。今日は社長さんとお話したく」
「そんな堅苦しいのはいいから、来て」
「お、おい!」
腕を引っ張られて室内に通されると事務所としている一室には爽、銀太、芦屋が揃っていた。
テーブルの中央にはいちごのホールケーキが鎮座し『おかえりなさい』とチョコプレートが飾られている。
「おかえり、谷河くん」
「ただいま……で、いいんでしょうか」
「なんでもいいんじゃない。それより昴ちゃん、すごいね。有名人じゃん」
「いや、全然。ホトスプには負けるよ」
「でもいろんなところから引っ張りだこだって聞いたよ」
「運がよかっただけだ」
「もしかしてまた枕ーー」
「爽!」
銀太が慌てて爽の口を押えた。もごもごとさせている爽はべしっと手を叩いた。
「冗談に決まってるじゃん」
「笑えないだろ」
「別にいいよ。前科あるからそう思われてもしょうがない。一応実力だけどな」
どうしようもないことだが、こういう風にからかわれると胸が痛い。いままでも何度も言われてきた。
ダンススクールでも。
アシスタントをしていても。
その過去のせいで昴を絶対に使わないと決めている企業もあるくらいだ。
でもそれと同じくらいに才能を買ってくれているところもある。それに真摯に向き合いたい。
ぱんと手を叩いて芦屋が場を取り直してくれた。
「じゃ谷河くんの復帰を祝いましょうか」
乾杯! と音頭をとり、シャンパンやビールを開けて昼間だというのに飲み会が始まってしまった。
宅配ピザを取っておいてくれたらしく、サイドメニューもポテト、サラダ、チキンと豊富だ。
(恩を仇で返すような真似をしたのにここのみんなはやさしいな)
変わらないみんなの態度にほっとしつつも、どこか成長を感じる姿になぜか胸がざわざわとして落ち着かなかった。
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