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第2話
申し訳ていどのハムレタスと薄いパンを噛みながら、佐藤は手の内の缶を転がす。朝の公園には、ランニングする人と犬の散歩しか見当たらない。その中にスーツ姿でベンチに座り、軽い食事を摂る佐藤は異色であろう。
「横山ねぇ……」
安コーヒーを流した胃が重くなる。
とても仕事を休みたい。だが腰を痛めて不在である上司に気づき、さすがに補佐の自分が穴をあけることはできないと思いなおす。
「……」
佐藤の会社には、ある一定の上役しか知らない暗黙の了解が存在する。
要約すると管理職名義の甘味持参者には大なり小なり気を配れという示唆であり、その受け入れ窓口が佐藤である。相談のしやすさは人それぞれなので、すべて請け負うわけではない。さらに話を聞いたとしても特別なことはしておらず、会社公認でまんじゅう片手に茶をしばく。
横山も上司名義の甘味を持ってきたのだ。一見して、他の者とは一線を画しているようにピシリと伸ばされた背筋に、隙のなさそうな切れ長な目尻。
はじめは何かの間違い、もしくは出張の土産かと本気で考えたものだ。その時は、本人からもなんらアクションは見られなかったため、ありがたく箱を受け取っただけに留めた。
認識を改めたのに、さほど時間は要さなかった。
期待が大きすぎるのだ、周囲の。
入社数年の若手に管理職的な役割を担わせるのは、いかがなものか。横山本人も、当然のものと受け取っていた節はあったので、能力を買われ任される仕事を綽々 とこなしていたのだろう。しかし、佐藤はそこに危機を感じた。当時の横山の上司も似たような思いがあり、まんじゅうを持たせたと後になって知らされた。
「……そろそろ頃合いかな」
腕時計を確認して、残りのコーヒーを呷る。
なんちゃってでも、仮にでも、不本意ながらでも、一応役職付きであるため、佐藤は職場にいる時間を制限している。上司である自分がいつまでも居座っているとスタッフは帰りにくいし、朝は早くなる傾向になる。独り身に戻った気まぐれな自分の生活に、部下が合わせる理由はない。
上下関係に声を大にして権力を振りかざすのは一部で、しかも口ばかりな傾向が強い。彼らの教育の根底には、先人の背を見て学ぶ職人気質のスタイルだった。厳しい指導を耐えた世代は、己の成功体験から精神論に偏りがちだ。彼らが作ってくれた道筋があるので、現在の世があるのは承知している。しかし考え方を押しつけるのとは違うだろう。慣習の存在を知っているからこそ、自分のような立ち位置は緩衝材となり双方に気を配る必要がある。
「……どうしたものか」
角度をつけた太陽と高い湿度が、じんわりと肌に汗を滲ませる。
ヒラに毛の生えた、中間管理職が横山の人事を勘ぐっても詮ないことだろう。そう思考を締めくくって、佐藤はベンチから重い腰を上げた。
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