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第5話

 佐藤の元へ相談に訪れた者は、基本的にその後は近づかない。  同じ会社ではあるものの部署は違って普段は関係ない場所、言ってみれば日常と半分切り離された場所。そして内容は相談者の日常で、内面を含め人間関係や知られたくないものが多い。その特殊性から、自然と佐藤とは距離を置く傾向となる。行き詰まった日常の狭間に生まれた、茶とまんじゅうが用意されたぽっかりした空間。佐藤とのやり取りは「次を」見据える通過点なのだ。  寂しくないといえば嘘になるが、ひとつの選択だと納得もしているので、相談を受けたあとはあえて追跡していない。  そんなただの通り過ぎる道としてではなく、ひとつの場所としてはじめて見いだしてくれたのが横山だった。 「よければ、もらってくれる?」  この時期は甘味の持ち込みが多い。新人が心身共に疲弊するのと、ぐずつく天候によって体調を崩しドミノ式に精神的にも支障を来すスタッフが増える。しかも季節柄にも自身の食欲は減退方向。せっかくの頂き物を腐らせるのは忍びなく、近所のディスクに座る同僚におすそ分けする。 「横山くんもいかが?」  視線を感じてにっこりと微笑みながら、先日異動してきた人物にも声をかける。時季外れの人事に佐藤含め周囲も訝しがったが、それもはじめだけだった。もともとの人当たりの良さと回転のいい頭で、上手く周囲に溶け込めている。頭がいいとは、イコール状況把握が早いというのが佐藤の認識だ。そして今のところ上司と部下として、適度な距離感を保っている。 「前も思いましたけど」  言い置いて横山は、甘味の代わりに茶を寄越してくれる。ありがたい。 「佐藤さんって、そんなに甘いもの好きじゃないですよね」  美味い茶に舌鼓を打っていれば、思わぬ反撃を食らう。 「……どう、して?」  危うく噴き出しかけた茶を無理矢理飲み込んで見上げれば、読めない表情の美丈夫にうっかりと疑問を投げかけてしまう。要らぬ墓穴を掘った。あとから悔やんでも、言葉は口に戻らない。 「菓子よりもフルーツが好きですよね。無糖の飲み物の方がもっと好き」 「サトー補佐、そーなんですかぁー?」  横山に便乗して、たぶん彼目当てであろう女の子も話に参加してくる。会話するのはまったく問題ないが、渦中に面白みのない自分というのは居心地悪い。 「あー……嫌いではないよ。ただ、僕の苗字と調味料の砂糖をかけて甘いものをくれる人たちが一定いるだけ」  嘘ではない。  だいぶ前になるが、同期に引っ張られて参加した慰安旅行でネタにされ社内に広まった。珍しい苗字ではないのになぜだと、当時は首を傾げたものだ。  社内上層部での、暗黙の了解は公にされていない。  仮にそれが大々的となった場合、誰も甘味を持ってこなくなるだろう。持たされた者は、上司からの認識を知るところとなり不信感へと続くだろう。  ある意味、いい隠れ蓑にはなっている。 「まぁ、おかげでこうして、お菓子は不自由しないで潤っているわけだから助かっているよ」  部署によってはおやつ代として徴収しているのだから、考えようによっては特典である。ただし自分の体形と健康診断の数値が危ういだけで。  沈んだ考えに半目になったところで、その先の乱雑なディスクに気づく。珍しい。  部下の一人である彼が使用している場所は基本的に片づいている印象がある。  片づけができていないというのは、整理できていない可能性がある。それは物理的だけではなく、思考にも通じる。まず、要・不要の判別ができないから物が溢れる。そして整理整頓ができなくとも、死なないため後回しにしがちであることからも、さらに余裕のなさが際立つ。普段の几帳面さを知っているから、尚のこと。  湯のみに口をつけて、彼の抱えている仕事のスケジュールを頭の中で上げる。近い締め切りが目立つ。佐藤は静かに眉を潜めた。  腰をやった課長の雑用を、大半は自分が受け取ったが一部皆に振り分けたものもある。その分も上乗せされているとはいえ、巧くない。ぬかった。 「佐藤さん?」  表情を改めた佐藤に横山が訝しがる。いい勘だ。内心笑んで、席を立つ。 「ちょっとお手洗いー」

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